「あの時の私は、私という一個人にしか責任もなく、この上なく自由でした。誰と話そうと、何をしようと、縛るものは何もなかった。けれど、今の私は、……本来の私は、公爵家の嫡男であり、伯爵という地位を賜った人間です。地位に見合った責任のために、冷たい顔を晒すたびに、過去の、何のしがらみもなかった自分と比べられるのは……、辛い」



 あの時の、何の憂いもない自分を本来の姿とするならば、地位を得、様々なものに配慮する自分は偽りの姿なのかもしれない。けれど、その偽りの姿は、責任ある立場の者として、必ず必要なものでもある。

 彼女の傍にいる時は、確かに本来の自分でいられるだろう。けれど、その端々には、確実に責任を負った自分の姿があるのだ。その姿をカミーユが目にしたら、どう思うだろうか。冷たい態度を取る自分を厭い、拒絶しないとも限らない。

 アルベールにとって、そのことが一番、恐ろしかった。



「あの頃のように、優しいだけの自分を見せられないと分かっているから、伝えない方が良いと思うのです。今の、周囲には不愛想だと言われている自分を愛してもらえるよう努力した方が良いと」



 だから、彼女に伝える気はないのだと、アルベールはそう、バスチアンに伝えた。浮かべた笑みはきっと、どこか悲しそうなそれであっただろう。

 バスチアンは複雑そうな顔をしたけれど、少しの間を置いた後、こくりと頷き、「分かった」と呟いた。


「君がそう決めていることを、私がどうこう言うわけにはいかない。君の意志に従おう。……だが私は、娘に君を選んで欲しいと思う。娘のためにも。だから、君には頑張ってもらわなければ」



 そう言って微笑む彼の様子に、背中を押されたような気分になる。彼女の隣に立つ事を求めても良いのだと、そう言われた気がした。
 そんなバスチアンに、アルベールもまた笑みを浮かべて、「善処致します」と応えた。



「私は、彼女の望まないことはしたくない。だから、彼女が私との婚約を拒絶するのならば、それを受け入れます。生涯を独りで生きていくつもりです。遠くからでも、間接的にでも、彼女を守れたら、それで良い」



 それは、騎士の一族の性質かもしれない。この人だと決めた相手を、切実に求めて、忠誠を誓う。だからこそ、髪を渡すような風習が今も続いているのだろう。決別し、また次の相手を、なんて、考えもしないから。

 唯一無二、ただ一人だけを想い続ける気質だから。

 同じ騎士の家門であるバスチアンも、アルベールの言い分に納得出来たのだろう。「もしあの子が君を求めなくても、許してやってくれ」と、少しだけ悲しそうに笑っていた。