そうして、商売の合間の他愛ない会話で、彼女が興味を持つように毒の話をさせたのだ。彼女がカミーユに危害を加えようとしていることは分かっていたから、話の誘導も難しくはないだろう、と。案の定、まるで偶然のように作られる危険な薬草茶の話に、彼女はあっさりと食いついたそうだ。

 この毒を選んだのには、彼女に興味を持たれやすいという以外にも理由がある。元々が薬草であることも有り、もし誤って口にしたとしても、すぐに解毒剤さえ飲めば、後遺症も残らないのである。カミーユが万が一飲んでしまった場合を考えて、アルベールもまた解毒剤を持って彼女の後を追い、トルイユ侯爵家を訪問したのだった。



 もともと、あの女とは話をするつもりだったが……。実際に目の前で、カミーユが毒を手にしているのを見たら……。



 本当に、ぞっとした。肝が冷える、とはこういうことを言うのだろう。これほどまでに恐ろしいことがあるだろうかと、そう思うほどに。

 もしかしたら、カミーユが誤って毒を口にするかもしれないと、そう思ってはいた。だからこそ、自分はそこにいたし、解毒剤は確かに自分の手の中にあって、彼女が死ぬことなど万が一にも有り得ないと、そう分かっていたのに。

 そもそも、当初の予定では、カミーユの傍らに座り、彼女の手元にあるはずの毒をアルベールが口にするつもりだった。それが一番、手っ取り早い方法だったから。けれど。

 どうしても、命を脅かす者の傍に、カミーユを置いてはおけなかった。頭で理解していても、受け入れられなかったのだ。万が一など、絶対にあってはならない。そう思ったからこそ、回りくどい会話を使って、セシルが自分を殺そうとするように仕向けたのである。

 ではなぜそのまま、セシルの死を見届けなかったのか。それはそれで、簡単なことだった。



「確かに、見殺しにすることも出来た。だが、……あの場で殺してしまえば、カミーユの心に残ってしまう。状況を説明し、自分を殺そうとした相手だと思えば、最初こそ納得してくれるかもしれないが……。時が経つにつれ、自分のせいだと思う瞬間がないとは限らない。彼女は、人を殺して英雄と呼ばれる俺とは違うから」



 自分がアルベールの婚約者となってしまったから、セシルが無理心中を試みる程に追い詰めたのではないか、と。

 アルベールにとってそれは、カミーユの命が危機に曝されるのと同じくらい、恐ろしい事だった。

 騎士の本分は、守ること。カミーユの心の平穏まで、全てを守る。そう考えた時、彼女の心に傷を付けるかもしれない事件を引き起こすのは、絶対に違うと思ったのだ。