英雄と呼ばれながらも、人を寄せ付けない雰囲気を持つ美貌の次期公爵。それが、目の前にいるこの方である。誰に対しても分け隔てなく冷たくて、表情を変える事すらない。そんな人だった。

 だから、自分が彼と結ばれて、少しずつ彼の心を温めてあげるのだと、そう思っていたのに。



 何で、あんな女のことを思って、そんな顔をするの。何で、何で。



 気分が悪い。

 アルベールは、かつかつと足音を立てて、先程まであの女が座っていた席に着く。彼を案内してきた侍女が、すかさずテーブルにあったティーカップを引き、新しく代わりのティーカップを置いた。そこに、お茶は入っていない。当たり前だ。今日のお茶は自分が淹れるから、くれぐれも空の状態で出してくれと指示していたから。

 侍女はそのまま、一礼して部屋を後にした。未婚の男女が二人きりになるわけにはいかないため、扉を開いたまま。おそらく、扉の向こうで誰かが待機していることだろう。

 再び座っていた椅子に腰かけながら、僅かに唇を噛む。アルベールにお茶を出さないわけにはいかない。けれど、ティーポットに入っているのは。



「陛下の命令で婚約したと誤解している者もいるようだが、私は以前から、彼女のことを愛していた。彼女が婚約していた間も、ずっと。だから今回、私の意志で彼女に求婚した。この機を逃すわけにはいかなかった。……今でも、日々愛しさが募る」



 「苦しいほどに」と、呟くアルベールは、とても幸せそうで。ぶつりと、手の平に嫌な感覚が走った。握り締めていた爪が、皮膚を突き破った気配がする。

 そんな痛みをもってしても、収まらなかった。この、どうしようもない衝動は。



 愛しい? 愛しいですって? 有り得ない……! アルベール様が、あの、アルベール・ブランが、あんな女なんか……!



 思い、意識して笑みを浮かべながら口を開く。「アルベール様は、本当の愛を知らないのですわ」と、諭すような声音で呟いた。



「きっと、初恋に溺れているだけなのです。あの方しかいないと思い込んでいるだけ。……本当にあなた様に必要な方が他にいることに、気付いていないだけですわ」



 少なくとも、彼に必要なのはあの女ではない。有り得ないのだ。全てにおいて、自分に劣るあのような女が、アルベールに愛されるなど。あるはずがないのだ。

 この方にそんな顔をさせるのが、あんな平凡な女であるなど。自分こそが、彼の心を溶かし、彼に優しく微笑んでもらえるはずの、唯一だというのに。

 しかしアルベールは不服そうな顔になった後、軽く溜息を吐く。「果たして、そうだろうか」と、彼は言った。