「さすがに、いきなり名前を呼ばせて頂くのは恐縮ですので、ブラン卿、と呼ばせて頂きますが……。今回のご訪問は、我が娘への求婚のため、という認識で間違いないでしょうか?」
軽く咳ばらいをした後、バスチアンがそう静かに問いかける。本当はアナベルもこの場に参席しようとしていたのだが、あまりに不安そうな顔をしていたため、控えているようにバスチアンが告げたのだった。
アルベールはバスチアンの言葉に少し残念そうに笑うと、「ええ。その認識で間違いありません」と答えた。
「あのような場での発言だったため、カルリエ卿も、カミーユ嬢も、私が本気だったとは思わなかったかもしれませんが。……私は本気で、カミーユ嬢と結婚したいと思い、求婚しました」
「これが、その証になるでしょう」と続け、アルベールは控えていた従者に何やら合図を送った。従者はずっとその手に持っていたらしい小箱を掲げて頭を下げる。アルベールはそれを受け取り、そしてカミーユの方へと差し出した。
黒く深い色合いに塗られた木箱の表面には銀色の細かい装飾が施されており、色とりどりの輝く宝石が散りばめられている。それそのものが、まるで美術品のような様相。子爵家とはいえ、騎士の家門として質素堅実を掲げているエルヴィユ子爵家の令嬢であるカミーユにも、その価値が嫌でも分かった。少なくとも、本当に何かを入れて使う代物ではないということは。
そんな木箱を当たり前のように示しながら、アルベールは「開けてみてほしい」と告げてくる。テーブルの上に置かれたそれを、果たして本当に触れて良いものかと思いながら、おそるおそる手を伸ばして。
きぃ、と小さな音を立てて開いたその中には、やはりというべきか、ベルベットの藍色のリボンで束ねられた、銀色の長い髪が収められていた。
エルヴィユ子爵家も、古くから伝わる騎士の家門の一つ。その贈り物の意味を、カミーユが知らないはずもなかった。
「これは、……私が、受け取るべき物ではないのではありませんか?」
騎士がただ一人、生涯の伴侶に捧げる、生きた証。
英雄閣下と呼ばれ、尊敬の眼差しを受ける彼の思い出の縁(よすが)を受け取る相手に、ただ求婚されただけの、ましてやいずれ断る予定の自分が相応しいとは、少しも思えなかった。
しかしアルベールはゆっくり首を横に振ると、「君以外に、渡したい者はいない」と、きっぱりと言い切った。
「俺が死んだ時、思い出して欲しいのは君だけだから。俺が持っていても、捨ててしまうだろう。……もし、この求婚を断るつもりでも、受け取ってくれないだろうか。君の手で処分しても構わないから」
そう、彼は当然のように続ける。まるで、すでに決まり切っていたことを告げるように。
何度か顔を合わせ、挨拶を交わしただけの自分に、なぜそこまで言い切れるのだろうかと、頭の冷静な部分では、そう考えていたけれど。
「だめだろうか?」と言って僅かに首を傾げたアルベールは、主人を伺う飼い犬のように見えて。カミーユにとっては、恐怖の対象である男の人なのに。
なぜだろう。少し、可愛いと思ってしまった。
軽く咳ばらいをした後、バスチアンがそう静かに問いかける。本当はアナベルもこの場に参席しようとしていたのだが、あまりに不安そうな顔をしていたため、控えているようにバスチアンが告げたのだった。
アルベールはバスチアンの言葉に少し残念そうに笑うと、「ええ。その認識で間違いありません」と答えた。
「あのような場での発言だったため、カルリエ卿も、カミーユ嬢も、私が本気だったとは思わなかったかもしれませんが。……私は本気で、カミーユ嬢と結婚したいと思い、求婚しました」
「これが、その証になるでしょう」と続け、アルベールは控えていた従者に何やら合図を送った。従者はずっとその手に持っていたらしい小箱を掲げて頭を下げる。アルベールはそれを受け取り、そしてカミーユの方へと差し出した。
黒く深い色合いに塗られた木箱の表面には銀色の細かい装飾が施されており、色とりどりの輝く宝石が散りばめられている。それそのものが、まるで美術品のような様相。子爵家とはいえ、騎士の家門として質素堅実を掲げているエルヴィユ子爵家の令嬢であるカミーユにも、その価値が嫌でも分かった。少なくとも、本当に何かを入れて使う代物ではないということは。
そんな木箱を当たり前のように示しながら、アルベールは「開けてみてほしい」と告げてくる。テーブルの上に置かれたそれを、果たして本当に触れて良いものかと思いながら、おそるおそる手を伸ばして。
きぃ、と小さな音を立てて開いたその中には、やはりというべきか、ベルベットの藍色のリボンで束ねられた、銀色の長い髪が収められていた。
エルヴィユ子爵家も、古くから伝わる騎士の家門の一つ。その贈り物の意味を、カミーユが知らないはずもなかった。
「これは、……私が、受け取るべき物ではないのではありませんか?」
騎士がただ一人、生涯の伴侶に捧げる、生きた証。
英雄閣下と呼ばれ、尊敬の眼差しを受ける彼の思い出の縁(よすが)を受け取る相手に、ただ求婚されただけの、ましてやいずれ断る予定の自分が相応しいとは、少しも思えなかった。
しかしアルベールはゆっくり首を横に振ると、「君以外に、渡したい者はいない」と、きっぱりと言い切った。
「俺が死んだ時、思い出して欲しいのは君だけだから。俺が持っていても、捨ててしまうだろう。……もし、この求婚を断るつもりでも、受け取ってくれないだろうか。君の手で処分しても構わないから」
そう、彼は当然のように続ける。まるで、すでに決まり切っていたことを告げるように。
何度か顔を合わせ、挨拶を交わしただけの自分に、なぜそこまで言い切れるのだろうかと、頭の冷静な部分では、そう考えていたけれど。
「だめだろうか?」と言って僅かに首を傾げたアルベールは、主人を伺う飼い犬のように見えて。カミーユにとっては、恐怖の対象である男の人なのに。
なぜだろう。少し、可愛いと思ってしまった。