エルヴィユ子爵家の侍女たちにその後を任せて、アルベールは屋敷を出た。そのまま、乗って来た馬車に乗り、暗闇の中、王宮へと取って返す。まだ夜会は続いているだろうが、用があるのは別の場所。



「思ったよりも早かったな」



 アルベールの顔を見るなり、そう声をかけて来た国王、テオフィルは、夜会に出た時の格式ばった格好のまま、いつも通り執務室の椅子に座っていた。

 いつもと違うのは、彼の周りにいる人物たちの顔ぶれ。予想通りでもあった二人の姿に、しかし人数が足りないことを僅かに疑問に思う。少なくともあと一人、この場にいると思ったのだけれど。

 無意識に周囲を見渡したアルベールの疑問に気付いたらしいテオフィルは、唐突に、「エルヴィユ子爵ならば、帰ったぞ」と言った。



「お前が令嬢と王宮を出てしばらくして、声をかけられてな。会場であれだけ噂されていれば当然だろうが。分かる範囲で、大まかに事情を説明しておいた。令嬢のことを心配してお帰りになったから、入れ違いになったのだろう」



 告げられた言葉に、「そうですか」と頷いて応える。それでは、もう少し屋敷で待っているべきだったか。彼女を守り切れなかったことに対しての謝罪もしたかったのだけど。

 考えるも、また明日には顔を合わせることになるからと思い直す。今考えるべきは、起きてしまったことに対する謝罪ではない。



「あの男たちへの尋問は行われましたか? まだでしたら、今すぐにでも話を聞きたいのですが」



 話を聞き、彼らの背後にいる人間を探り出して。二度とこんなことをしようとは思えないようにしなければ気が済まない。

 殺気立ったアルベールの問いに、テオフィルは僅かに頬を引き攣らせた後、「もう終わらせたぞ」と応える。「今お前が顔を合わせると、殺してしまいそうだと思ったからな……」と、ぼそりと続いた声には、気付かないふりをした。



「私と、ここにいる二人、……クラルティ伯爵令息と、セーデン伯爵令息と共にな」



 テオフィルの言葉と共に、二人が軽く頭を下げる。クラルティ伯爵家の次男であり、カミーユの元婚約者であるジョエルはおそらくエルヴィユ子爵の名代として残ったのだろう。カミーユの妹と婚約している彼は、次期エルヴィユ子爵で間違いないからだ。

 案の定と言うべきか、彼は静かな表情を浮かべて、「僕も、エルヴィユ子爵家も、協力は惜しまないつもりです」と、エルヴィユ子爵家としての言葉を口にする。「まだ話を聞いたばかりなので、子爵家に事の次第を伝えるのが主になると思いますが」と、彼は続けた。

 そしてもう一人。セーデン伯爵家の三男で、以前オペラハウスでシークレットルームに入って来た面々の一人、ディオン・マイヤールの姿が、そこにはあった。