あの方と共に何食わぬ顔で王宮を訪れたあの女は、当たり前のようにあの方のエスコートを受け、当たり前のようにあの方に笑みを向けられていた。
あの方の色を表した、銀と藍の布地で作られた美しいドレス。隣に立つあの方は、落ち着いた風合いの茶色の衣装を纏っている。その細部を彩る刺繍は赤く、誰が見ても彼らが、お互いの色合いを見に着けているのだと分かった。それが、どういう意味を持つのかということも。
「まあ、英雄閣下と婚約者のご令嬢、本当にお互いを愛おしく想っていらっしゃるのねぇ」
「あそこまで堂々と相手の色を身に纏っているならば、誰にも入る隙はないでしょう。ミュレル伯爵様が贈ったのでしょうから、意味は……」
彼女は私のもの。私は彼女のもの。それが、この国の社交界に置いて、お互いがお互いの色を纏う意味であった。
加えて、周囲の人間たちはあの方の笑みなど見たことがないと、二人が本当に想い合っているのだと、そんなくだらないことを話していたけれど。彼は王位継承権を持つ最高位の貴族である。そのくらいの演技が出来ないはずがないのだ。
ドレスにしても、建前で出来ること。そうやって楽しそうに笑っていれば良いわ。あの方の隣は、あんたなんかがいて良い場所じゃないの。
顔にはいつも通りの笑みを浮かべながら、脳裏でこれから起こるはずの出来事を描けば、少しだけ気分も晴れた。
夜会の客人たちがひっきりなしに挨拶をしてくる中、ちらちらとあの女の方へ視線を向ける。男性を極度に恐れている上、社交界にあまり出てきたこともないという話のため、早いうちに休憩室へ入るかと思ったのだが。思ったよりも粘っているようだった。
と、国王テオフィルが二人の方へと向かうのが見えた。まるで周囲に聞かせるかのように、高らかに響く声。国王である彼を前にして、あの方は殊更にあの女を愛するような態度を示して見せる。
「申し訳ありませんが、私は心が狭いので、陛下と言えど彼女が他の男と言葉を交わすのが非常に気に入りません。なので私を通して頂ければ嬉しいのですが」
さらりとそう口にする姿は堂に入っていて。誰もが微笑ましそうに彼らの会話を聞いていた。
無理もない。国王その人が命じたのであろう婚約なのだ。誰よりも彼にその意志を見せなければならないのだろうから。でも。
……ずるい。
素直にそう思った。演技であっても、嘘であっても、あのように言われるあの女がずるく、憎かった。国王の命がなければ、あの方にあのように言ってもらえたのは、自分だったはずなのだから。
でも、大丈夫。使用人も買収したし、ろくでなしの貴族令息たちも焚きつけた。休憩室にさえ入れば、……次に姿を見せた時、はしたない女としてあの方との婚約もなかったことになるはずだから。
あの方の色を表した、銀と藍の布地で作られた美しいドレス。隣に立つあの方は、落ち着いた風合いの茶色の衣装を纏っている。その細部を彩る刺繍は赤く、誰が見ても彼らが、お互いの色合いを見に着けているのだと分かった。それが、どういう意味を持つのかということも。
「まあ、英雄閣下と婚約者のご令嬢、本当にお互いを愛おしく想っていらっしゃるのねぇ」
「あそこまで堂々と相手の色を身に纏っているならば、誰にも入る隙はないでしょう。ミュレル伯爵様が贈ったのでしょうから、意味は……」
彼女は私のもの。私は彼女のもの。それが、この国の社交界に置いて、お互いがお互いの色を纏う意味であった。
加えて、周囲の人間たちはあの方の笑みなど見たことがないと、二人が本当に想い合っているのだと、そんなくだらないことを話していたけれど。彼は王位継承権を持つ最高位の貴族である。そのくらいの演技が出来ないはずがないのだ。
ドレスにしても、建前で出来ること。そうやって楽しそうに笑っていれば良いわ。あの方の隣は、あんたなんかがいて良い場所じゃないの。
顔にはいつも通りの笑みを浮かべながら、脳裏でこれから起こるはずの出来事を描けば、少しだけ気分も晴れた。
夜会の客人たちがひっきりなしに挨拶をしてくる中、ちらちらとあの女の方へ視線を向ける。男性を極度に恐れている上、社交界にあまり出てきたこともないという話のため、早いうちに休憩室へ入るかと思ったのだが。思ったよりも粘っているようだった。
と、国王テオフィルが二人の方へと向かうのが見えた。まるで周囲に聞かせるかのように、高らかに響く声。国王である彼を前にして、あの方は殊更にあの女を愛するような態度を示して見せる。
「申し訳ありませんが、私は心が狭いので、陛下と言えど彼女が他の男と言葉を交わすのが非常に気に入りません。なので私を通して頂ければ嬉しいのですが」
さらりとそう口にする姿は堂に入っていて。誰もが微笑ましそうに彼らの会話を聞いていた。
無理もない。国王その人が命じたのであろう婚約なのだ。誰よりも彼にその意志を見せなければならないのだろうから。でも。
……ずるい。
素直にそう思った。演技であっても、嘘であっても、あのように言われるあの女がずるく、憎かった。国王の命がなければ、あの方にあのように言ってもらえたのは、自分だったはずなのだから。
でも、大丈夫。使用人も買収したし、ろくでなしの貴族令息たちも焚きつけた。休憩室にさえ入れば、……次に姿を見せた時、はしたない女としてあの方との婚約もなかったことになるはずだから。