大丈夫。きっと誰かが気付くはず。だから、少しでも気を逸らさないと……。



 怖くて怖くて仕方がなくて。恐怖に竦みそうになる身体を叱咤し、気を紛らわせるように思考を巡らせる。

 大丈夫だきっと。誰かが来てくれる。

 アルベールが、気付いてくれる。だから。

 ミシッ、ミシッ、……バンッ!



「お、開いた開いた」



「王宮の扉壊すとか、さすがに初めてやったな。……ま、王宮にくるのもこれで最後だから、どうでも良いけど」



 バタンッ! と音を立てて、外開きの二枚の扉のうち、一枚が、部屋の内側に倒れる。どこか楽しそうな調子で言う男たちを信じられない心地で見ながら、カミーユは震える令嬢を背後に庇って立った。

 にやにやとした下卑た表情。相手の気持ちなど存在していないかのように、楽しそうに笑う男たち。

 いつかと同じような光景に身体が竦むけれど。背後にいる彼女にまで、自分と同じような目に合わせるわけにはいかなかった。

 男の人を目にするだけで恐怖に竦み、怯え、息さえも出来なくなるような、そんな目に合わせるわけには。



「あ。アンタ、英雄閣下の婚約者じゃん。丁度良かった」



「オレ、あんたのこと気になってたんだよなぁ。あの英雄閣下が惚れるくらいだから、相当イイんだろうと思ってな」



 一歩、また一歩。倒れた扉を踏みつけながら、男たちは楽しそうにこちらへと歩いてくる。

 何で誰も来ないのだろう。あれだけの音を立てて、今もまた、大きな音で扉が倒れたというのに。



「……来ないで」



 ゆっくりと、まるで獲物を追い詰めるように、二人はこちらに歩み寄ってくる。じりじり、じりじりと、近付いてくるにつれ、カミーユもまた、後ろに身を引き、背後の令嬢が身体を固くしているの感じる。

 怖い。怖い。なぜ誰も来ないのだろう。



「来るなって言ってもなぁ。そういうわけにもいかねぇんだよ」



「大丈夫だって。楽しいことするだけだからさ」



 全身の血の気が引く。ぞっと、一気に。

 彼らは今のこの状態でさえ、楽しそうに笑う。こんなにも恐ろしいのに。こんなにも怖いのに。

 彼らは、自分以外の人間の気持ちなど分からないのだろう。自分たちが楽しければ、それでも良いというのだろう。

 なけなしの虚勢を張って二人を睨みつける。足が、身体が震えるけれど、構わずに。

 一瞬、一秒が異様に長く感じる空間で、彼らはとうとう、カミーユの目の前まで近付いた。



「……最後の忠告よ。仮にも侯爵家や伯爵家の方たちの所業とは思えないわ。このようなことをして、無事に済むはずもない。分かっているでしょう。……引き返しなさい。誰かが来る前に」



 意識して、低く声を張り上げる。少しでも、ほんの少しでも時間を稼ごうと。

 案の定、男たちは楽しそうに一つ口笛を吹き、笑った。「さすが閣下の婚約者、威勢が良いな」と言いながら。



「まあ、ここまで来て、すごすご引き返すはずもねぇよな」



「……っ!?」



 伸びて来た腕が、カミーユの肩を掴んだ。いよいよ怯えた令嬢が、後ろで力が抜けたように座り込むのを感じる。

 「こっちの子は、潔いなぁ」と、面白そうに言いながら、二人の視線はカミーユの方へと向いたまま。

 「放して!」と言って腕を振り回すも、すぐさまそれをもう一人の男に掴まれた。途端、脳裏に鮮明に浮かんだ、いつかの記憶。腕に、肩に、首筋に触れる知らない男の吐息。その記憶をなぞるように、目の前の男もまたカミーユの服に手を伸ばして。

 耐えきれず、ぎゅっと、目を閉じた。



 ……やめて。放して。……助けて……!



「アルベール様……っ!」



 そう、声を上げて叫んだ時だった。

 「本当に、良い度胸をしている」という、低く、あまりにも冷たい殺意を秘めた声が、聞こえて来たのは。