胸が痛んだ。これは、自分の望んだことだとしても。
「集まって頂いた皆さんにご報告をさせて頂きます。本日をもって、私、クラルティ伯爵の息子であるジョエル・ヴィオネと、ここにいるエルヴィユ子爵の息女、カミーユ・カルリエは、お互いの同意の元、婚約を解消致します」
クラルティ伯爵家で開かれた夜会。煌びやかに着飾った紳士淑女を前に、カミーユの隣に立つジョエルは、にこやかにそう告げた。こちらに視線を向けるその顔は穏やかで、彼の優しげに整った顔によく似合っていた。
カミーユもまた、そんなジョエルに笑みを向けて見せる。これはお互いに同意しての婚約解消なのだと、そう皆に伝わるように。
案の定、周囲の客人たちは驚いた顔をしていたけれど、そこに同情や憐れみの色は浮かんでいなかった。元々この婚約は、優秀な騎士を輩出する事で有名なエルヴィユ子爵家と、軍馬の名産地を領地に持つクラルティ伯爵家の結びつきのため、三年ほど前に決められたものであった。本来なら、今回婚約解消に至ったカミーユの事情など考慮されるはずもない、政略的な婚約だったのだが。
解消する事が出来たのには、理由がある。
「そしてこの場でもう一つ。私、ジョエルと、エルヴィユ子爵家の次女、エレーヌの婚約を発表いたします」
ジョエルが言うと同時に、カミーユとは反対側のジョエルの隣に、一人の少女が立つ。金色のふわふわした髪に、カミーユと同じ茶色の双眸。しかしカミーユよりもずっと愛らしい、おっとりとした美貌の少女。
大事な大事な妹、エレーヌ。
会場中に祝福の拍手が響き渡る。
いつもは怯えるようにおどおどと周囲を見渡す彼女も、今日ばかりは幸せそうに微笑んでいて。カミーユは一歩後ろに退いて、そんな二人を目を細めて眺めた。
ジョエルとエレーヌ。二人が想い合ってくれたから、自分とジョエルとの婚約を解消することが出来たのだ。自分でも、エレーヌでも、エルヴィユ子爵家の娘には変わりないのだから。
初恋の人と、最愛の妹が結ばれる。それも、自分が望んだ通りに。それはとても、幸せなことではないか。
思い、ふと、違うわねと現実逃避をしてみる。正確には、初恋ではなくて。
「……それは、本当か?」
突然、低く聞こえた声。
それほど大きくはない声だというのに、会場の拍手が一瞬にして止み、皆が皆、そちらに顔を向ける。
はっと、誰かが息を呑むのが聞こえた気がした。
「それが本当ならば……。俺がカミーユ・カルリエ嬢に婚約を申し込みたい。この、アルベール・ブランが」
静まり返る会場の中、銀色の腰まで伸びた長髪を背中でまとめたその美丈夫は、真っ直ぐにカミーユを見つめて、そう言った。
「集まって頂いた皆さんにご報告をさせて頂きます。本日をもって、私、クラルティ伯爵の息子であるジョエル・ヴィオネと、ここにいるエルヴィユ子爵の息女、カミーユ・カルリエは、お互いの同意の元、婚約を解消致します」
クラルティ伯爵家で開かれた夜会。煌びやかに着飾った紳士淑女を前に、カミーユの隣に立つジョエルは、にこやかにそう告げた。こちらに視線を向けるその顔は穏やかで、彼の優しげに整った顔によく似合っていた。
カミーユもまた、そんなジョエルに笑みを向けて見せる。これはお互いに同意しての婚約解消なのだと、そう皆に伝わるように。
案の定、周囲の客人たちは驚いた顔をしていたけれど、そこに同情や憐れみの色は浮かんでいなかった。元々この婚約は、優秀な騎士を輩出する事で有名なエルヴィユ子爵家と、軍馬の名産地を領地に持つクラルティ伯爵家の結びつきのため、三年ほど前に決められたものであった。本来なら、今回婚約解消に至ったカミーユの事情など考慮されるはずもない、政略的な婚約だったのだが。
解消する事が出来たのには、理由がある。
「そしてこの場でもう一つ。私、ジョエルと、エルヴィユ子爵家の次女、エレーヌの婚約を発表いたします」
ジョエルが言うと同時に、カミーユとは反対側のジョエルの隣に、一人の少女が立つ。金色のふわふわした髪に、カミーユと同じ茶色の双眸。しかしカミーユよりもずっと愛らしい、おっとりとした美貌の少女。
大事な大事な妹、エレーヌ。
会場中に祝福の拍手が響き渡る。
いつもは怯えるようにおどおどと周囲を見渡す彼女も、今日ばかりは幸せそうに微笑んでいて。カミーユは一歩後ろに退いて、そんな二人を目を細めて眺めた。
ジョエルとエレーヌ。二人が想い合ってくれたから、自分とジョエルとの婚約を解消することが出来たのだ。自分でも、エレーヌでも、エルヴィユ子爵家の娘には変わりないのだから。
初恋の人と、最愛の妹が結ばれる。それも、自分が望んだ通りに。それはとても、幸せなことではないか。
思い、ふと、違うわねと現実逃避をしてみる。正確には、初恋ではなくて。
「……それは、本当か?」
突然、低く聞こえた声。
それほど大きくはない声だというのに、会場の拍手が一瞬にして止み、皆が皆、そちらに顔を向ける。
はっと、誰かが息を呑むのが聞こえた気がした。
「それが本当ならば……。俺がカミーユ・カルリエ嬢に婚約を申し込みたい。この、アルベール・ブランが」
静まり返る会場の中、銀色の腰まで伸びた長髪を背中でまとめたその美丈夫は、真っ直ぐにカミーユを見つめて、そう言った。