“水無瀬氏、向井氏へ

二人がこれを読んでいるということは、もう私はこの世にいないのだろう。

正直に言う。
大いなる目的のためには互いの信頼が不可欠だ。

嘘つきも裏切り者も、不安の種は徹底的に排除しなければならない。禍根は残すべきではない。

私はそのためなら殺しも厭わない。
とはいえ、それは水無瀬氏の前では最悪の選択。

なるべくなら避けたいが、そうせざるを得ない状況になるかもしれない。

私がそうしたときは、許して欲しいとは言わない。
どうか、愚か者だと蔑んでくれ。

水無瀬氏、私は君の偉大な意志を尊敬している。

運営側を倒すなど、私一人では考えもしなかった。

どうか、私たちが駒などではないことを証してくれ。

君の慈悲や優しさは決して弱さではない。己を責めたり恥じたりする必要はないぞ。

向井氏、君は一見口が悪い乱暴者だが根は一途で思いやりがある。

その強さで水無瀬氏や仲間たちを守ってくれ。

胸を張っていいぞ。今、水無瀬氏が横にいるのは間違いなく君の功績だ。

……などと、死んだ分際で偉そうにすまないな。

短い間だったが、ともに過ごせて楽しかった。

この家は好きに使ってくれて構わない。

他の仲間たちにもよろしく伝えてくれ。

皆の無事を願っている。

藤堂紅”



 ────ぽた、とこぼれ落ちた涙で、文字が滲んだ。

 “偉大”と言うなら紅の方だろう。

 その命を仲間のために使い果たし、死してなお人を気遣って。

 愚か者と蔑め、などそんなこと出来るはずがない。

 結果的に《《最悪の選択》》をしたが、それは私欲や私怨によるものでなく、禍根を絶つためだった。

 仲間のためだった。

 責めるわけがない。責められるはずもない。

「……っ」

 こんなにも仲間想いで強く優しい彼女のことを、その死を、また明日には忘れてしまう。

 それがまた苦しかった。

 咽び泣く小春の背を、蓮は黙って摩った。彼自身の眉根にも力が込もった。

『すまないが私はやることがある。先に行っていてくれ』

 小春たちが星ヶ丘高校へ向かった際、紅はこの手紙をしたためていたのだろう。

 最初からこうするつもりだったのだ。

 つくづく思う。彼女には助けられてばかりだった。

「私……これでよかったのかな」

 小春は紅の言葉を(しん)に受け止めつつも、そう思わずにはいられなかった。

 先の見えない恐怖は、次々に身近な人を失う現実は、底知れない不安を煽る。

「間違ってなかったかな。皆を苦しめてないかな。……守れるのかな?」

 蓮は黙って小春の横顔を眺めた。

 彼女の手を取り、強く握り締める。

「大丈夫だ、これでいい。間違ってない。誰も苦しめてない。一人で気負うな、皆が互いを守り合うんだよ」

 蓮は一つ一つの言葉に丁寧に答えた。

 不安なのは自分も同じだ。

 また、守れなかったら────そう思うと、怖くて気が狂いそうになる。

 だが、もう一人ではない。小春にしても、蓮にしても。

 道は開けている。
 あとは、信じて進むしかない。

 つ、と小春の頬を伝い落ちた涙を、蓮は親指で拭ってやった。

「…………」

 それから、意識的に深く呼吸をする。

 真っ直ぐに彼女の双眸を捉える。

「伝えたいことがある」

 そう言った瞬間、鼓動が速まった。

 指先が痺れるように熱を帯びる。
 
「ぜんぶ終わったら話す。……だから絶対、死なないでくれ。生きて聞いてくれ」

 儚げであり照れくさそうでもある蓮の表情を見つつ、小春は小さく頷いた。

「……分かった」

 いつにない様子に少し戸惑うが、まるっきり想像がつかないわけでもない。

 くすぐったいような沈黙の時間が訪れる。

「……あ、お腹空かない? 何か作るね」

「おう……」

 慌てて頬を拭った小春は繕うように言い、立ち上がる。

 紅の言葉に甘え、少なくとも明日までは、この家を使わせて貰うこととしたのだ。



 ──ピンポーン。
 そのとき、不意にインターホンが鳴った。

 二人して顔を見合わせる。