「いいえ。仮初とは言え、僕は貴女の婚約者です。婚約者同士が一緒に暮らすのは、普通のことでしょう? 
既に部屋は用意してありますし、家人たちも貴女を迎えられることを喜んでいます。彼等は僕等が本当の婚約者同士だと思っていますし、嬉しそうに部屋の準備をしてくれました。
僕は主人として、彼等の労力を無駄にしたくはありません。
それに、共に暮せば両親や貴女のお姉さまに『結婚する気がある』とアピールできます。
是非、ここに居てください」


 力強いブラントの言葉。ラルカだけでなく、彼にもメリットが有るのだと説明され、心が大きく揺れ動く。


「……良いのですか? 本当に?」

「良いも何も、これは僕からのお願いごとです。わがままです。
どうか、僕のわがままを聞き入れていただけませんか? 
僕は貴女と一緒に暮らしたいんです」


 ブラントはそう言って、ラルカを優しく抱き締める。
 素直になって良いのだと――――甘えても良いのだと、言われているような気がした。


「わたし……わたしは――――家に帰りたくない。ここで暮らしたい、です!」


 ラルカが声を震わせる。
 ブラントは嬉しそうに目を細めつつ、宥めるようにラルカを撫でた。


「ええ。今日からここが、貴女の家――――帰るべき場所です」


 空っぽだった心に、ブラントの言葉が染み込んでいく。
 ブラントに抱き締められながら、ラルカは数日ぶりに笑顔を取り戻したのだった。