「辛かったですね」


 ブラントが言う。優しく寄り添われ、ラルカの瞳に涙が滲む。


「はい……」


 辛かった。
 悲しかった。
 寂しかった。
 苦しかった。

 胸の奥底まではびこった感情が、涙となって流れ落ちる。ラルカは静かに肩を震わせた。


「では、行きましょうか?」


 ブラントの言葉に、ラルカはビクリと反応する。


(そうよね)


 いくらブラントが優しくとも、いつまでもここに居座るわけには行かない。
 彼に迷惑をかけてはいけない。

 ラルカは少しだけ心に影を落としつつ、ゆっくりと立ち上がった。


「ありがとうございます、ブラントさま。何から何まで――――此処から先は、わたくし一人で大丈夫ですわ」


 馬車を貸してもらおうか、家人を呼んでもらおうか――――散々迷った挙げ句、ラルカはそう口にする。
 ブラントならば、どちらの頼みも聞いてくれるだろう。なんなら、一緒に送ると言ってくれるかもしれない。
 けれど、彼の厚意に甘えてばかりではいけないとラルカは思う。
 
 二人は仮初の婚約者。
 互いの感謝だけで成り立つ関係なのだから。


「いえ、さすがに案内なしでは困るでしょう。これから向かう先は、この屋敷の――――貴女の部屋ですから」