本当は「頑張って」と、姉の背中を押して
あげたかった。ついさっきまでは、お守りを
渡して「お姉ちゃんなら絶対に大丈夫!」と、
言うつもりだった。なのに真逆のことを口に
しなければならないことが歯がゆくて、悔し
くて涙が滲んでしまう。それでも姉にもしも
のことがあったら、と思うと引き下がれない。

 古都里は姉の手を握ると、有無を言わせぬ
眼差しで、もう一度「お願い」と口にした。

 姉の柳眉が悲し気に歪む。
 そして、握っていた古都里の手を緩く包む
ようにして、姉が剥がしてゆく。その所作を、
古都里は信じられない思いで、ただ見つめる。

 「ごめんね。古都里が心配してくれる気持
ちは凄く嬉しいし、私も不安だよ。……でも、
当たるかどうかわからないことを信じて試験
を投げ出すなんて出来ないよ。後期日程のな
い大学だし、絶対に受けなきゃ」

 「……信じてくれないの?お姉ちゃん……」

 「信じてないわけじゃないよ。だけど……
それはもう消えちゃったんでしょう?いまは
見えないんでしょう?だったら、もしかした
ら錯覚かも知れない。それに、私には古都里
がくれたお守りがあるから大丈夫!行きも、
帰りも気を付けるし、電車のホームも一番後
ろに並ぶ。だから、ね?信じて待ってて」

 そう言って古都里が握りしめていたお守り
を手にすると抱き寄せて、ぽんぽん、と古都
里の背中を叩く。ふわ、といい匂いがして、
姉の手が温かくて。だから、それでも行かな
いで、とは言えなくなってしまった。古都里
は姉の背に腕を回すと、「それ、合格祈願の
お守りだよ」と苦笑した。その時、パタパタ
と忙しない足音と共に、母の声が部屋に飛び
込んでくる。

 「ちょっと何してるの、妃羽里。お弁当持
って早く家出ないと、試験に遅れるわよ!」

 いつものランチバッグを手に部屋に足を踏
み入れた母親は、背を抱き合っている二人を
見て眉間に皺を寄せる。そうしてすぐに窺う
ような眼差しを古都里に向けると、母はやや
棘のある言葉を投げかけた。

 「どうしたっていうの?もしかして、また
『黒いものが見える』とか、可笑しなことを
言い出したんじゃないでしょうね?」

 その言葉にズキリと胸の痛みを感じながら、
古都里は姉から離れる。すると姉は、

 「もう。どうしてお母さんはそういう言い
方しか出来ないの。古都里が見えるっていう
ものを全否定するお母さんの方が可笑しいよ」

 古都里を庇うように言って母の手からすっ、
っとランチバッグを抜き取った。そうして、
部屋を出てくるりと振り返る。


――姉は笑っていた。


 「試験終わったら帰る前に電話するから、
待っててね、古都里。お母さんも。古都里と
一緒に私が受かるように祈っててよ」

 「……お姉ちゃん」

 胸が苦しくなるほどに向けられた笑みは
やさしく、強かった。