そんな右京を間近で見てきた雷光だからこ
そ、恐れてしまうのだろう。彼女を失った後
も延々と続いてゆく自分の命を。共に老いる
ことの出来ない苦しみを。

 落ちてきた沈黙を破ったのは、飛炎だった。
 穏やかな声が、俯いたままの雷光の肩を震
わせる。

 「いつか彼女がこの世を去る時に後悔しな
い自信があるのなら、このままやり過ごすの
も一つの選択でしょう。いずれ彼女もあなた
を忘れ、同族である人間の男と結ばれるに違
いありません。けれど本当にそれでいいので
すか?愛する彼女を他の男に委ねられるほど、
あなたの想いは軽いものなのでしょうか?わ
たしはそうは思わない。いまここで彼女を追
いかけなければ、きっと後悔すると思います。
共に過ごした時間の長さが、幸せの大きさに
比するとは限らないのですから」

 その言葉に、はっと雷光が顔を上げる。
 そして食い入るように、右京を見つめる。

 見つめれば、右京は答えるように口元を綻
ばせる。雷光の、仲間の背を押すように彼は
小さく頷いた。

 「……けど、間に合わねぇよ。いまさら追
い掛けたって、もう列車は出ちまったんじゃ」

 言って唇を噛む雷光に、右京はすっと東側
の窓を向く。瞬間、瞳が黄金色に輝いたかと
思うと、右京は窓を向いたまま目を細めて言
った。

 「彼女はまだ二十三番線のホームにいるよ。
十一号車の所に立ってる。あと七分で新幹線
がホームに入るようだけど」

 「……あと七分?」

 千里眼を使って岡山駅にいるかほるを透視
した右京に、古都里は顔を顰める。あと七分
で新幹線が出てしまうなら、いまから追い掛
けたところで到底間に合わない。

 そう思って、古都里が俯きかけた時だった。

 「まったく、しょうがないですね」

 嘆息と共に飛炎の声が聴こえて、古都里は
はっと顔を上げた。飛炎は腕を組み、長い前
髪の隙間から雷光を見据えている。

 「空からなら五分もかからずに着くでしょ
う。四の五の言っている暇はないので、すぐ
にベランダへ」

 そう言ったかと思うと飛炎は雷光の返事も
待たず、足早に和室を出てゆく。雷光はその
背中に「すまねぇな、飛炎」と声を掛けると
後に続いた。古都里と右京も応接の間を挟ん
だ向こうにあるベランダへ向かう。摺りガラ
スの引き戸を開ければ日没を過ぎた空は紫紺
に染まり始めていて、その空を背景にこちら
を振り向いた飛炎の瞳もきらりと紫に輝いた。

 瞬間、飛炎の体が黒い靄に包まれる。

 けれどそれは一瞬のことで、飛炎の変化に
息を呑む間もなく、彼の体は大きな漆黒の羽
と三本の太い足を持つ八咫烏の姿へ変わった。

 「おっ……おっきい!」

 古都里は初めて見る飛炎の本当の姿にこれ
以上ないほど目を見開く。

 ばさり、ばさりと埃を巻き上げながら上下
に羽搏かせる漆黒の両羽は、優に五メートル
を越えるだろうか?街中で見かける烏を百羽
集めてもまだ足りないかも知れない。