低い土壁の塀と建物の隙間をぬって進んで
ゆくと、目の前に一本の庭木が立っているだ
けの小さな庭が現れた。古都里は屋根よりも
少し高いその木を見上げる。
 
 樹高五メートルくらいありそうなその木は、
先の尖った健やかな葉をたくわえ、家を守る
ように空に伸びている。この庭の場所は右京
の部屋の前にあたるが、反対の東側のベラン
ダから庭の木を望むことは出来ない。

 「こんなところに、こんな高い木があった
んですねぇ」

 呑気にそう呟くと、まあね、と右京の声が
返って来た。

 「この木はモチノキといってね、モクセイ、
モッコクと並んで庭木の三大名木でもあるの
だけど……。残念なことに古都里さんの箏爪
はこの木の天辺に隠されているんだ」

 「隠されてるって……えっ?なんでわたし
の箏爪が木の天辺に?」

 右京の言葉に声をひっくり返すと、何かを
察したように狐月が眉を寄せる。その顔を見、
右京が小さく頷くと、狐月は思いも寄らない
ことを口にした。

 「ご安心ください、古都里さん。わたくし
がすぐに取って参ります」

 「だっ、ダメだよそんなの。すごく高い木
だし、危ないから!」

 突然の申し出に古都里は声を上げる。青空
に向かって伸びる高木と狐月を交互に見なが
ら首を振ると、狐月は、にぱっ、と笑った。

 「ご心配には及びません。わたくしはこう
見えても妖狐の端くれですので」

 そう言ったかと思うと、狐月はくるりと宙
返りをし、あやかし狐の姿に戻る。

 そうして、白くモフモフした耳をぴくりと
させると、目にも止まらぬ速さで、しゃしゃ
しゃしゃ、と木を登り始めた。

 その姿はいつか観たハリウッド映画の蜘蛛
男のようで。古都里は驚きにぽかんと口を開
けたまま木を見上げる。数秒後、何かを手に、
ぴょーん、と天辺から飛び降りた狐月に、古
都里はたいそう肝を冷やした。

 「きゃあ!!」

 悲鳴と共に両手で顔を覆うと、隣からくす
くすと右京の笑い声がする。

 「大丈夫だよ、古都里さん。目を開けてご
らん」

 右京の言葉に、恐る恐る指の隙間から覗く
と、狐月がにこりと何かを差し出していた。

 その掌を見れば見覚えのある白い小物入れ。
 朝からずっと探していた、箏爪のケースだ。

 古都里は破願すると、それを受け取った。

 「あった、本当に木の上にあった!ありが
とう狐月くん!」

 信じられない思いで、けれど見つかったこ
とに感激しながら古都里は大事そうに受け取
る。そうっと蓋を開け、中を確認すれば、そ
こにはきちんと箏爪が三つ揃っていた。

 良かった、と安堵しながら古都里は蓋を閉
める。が、閉めた瞬間、錦織の布地が綻んで
いるのを見つけ、「あっ」と声を漏らした。