けれどそんな古都里を嘲笑うかのように、
黒く忌まわしい死神は大切な姉、妃羽里の元
にも現れてしまう。


――その日。


 国立大学の試験に向かう準備をしている姉
に、合格祈願のお守りを渡そうと自室を出た
古都里は、隣の姉の部屋の前に佇む黒い人影
を見つけ、戦慄した。

 まるで金縛りにあったかのように硬直した
まま凝視していた古都里の目の前で、その黒
い人影が開いていたドアの隙間から姉の部屋
に、すっ、と入ってしまう。

 「ダメっ、行かないで!!!」

 絹を裂くような声を上げ部屋に飛び込むと、
首に黄檗色(きわだいろ)のマフラーを巻き付けていた姉が
驚いて古都里を振り返った。

 「なに、どうしたの古都里?びっくりする
じゃない」

 ただならぬ形相で部屋に入ってきた妹を、
姉が怪訝な顔で見つめる。その姉に何も答え
られないまま、姉の背後に蠢く黒い人影を
睨みつけていた古都里は、次の瞬間「あっ」
と声を漏らした。

 「えっ、えっ、待って。何かいるの??」

 古都里の不気味なリアクションに眉を顰め、
姉が古都里の傍らへと駆け寄ってくる。その
姉に、「消えちゃった」と、ひと言口にすると、
妃羽里の表情は瞬時に硬いものに変わった。

 「消えちゃったって……まさかアレが見え
たの?私の後ろに?」

 怯えるように口を手で覆いながら古都里の
顔を覗く姉に、古都里はきつく口を引き結び、
こくりと頷く。物凄く怖がりの母も、目に見
えないものは信じないという父も、古都里に
見えてしまうものを信じてくれることはなか
ったが、姉の妃羽里だけは「古都里にはきっ
と霊感があるんだね」と、古都里の話に真摯
に耳を傾け、いつも慰めてくれていた。

 その姉の背後にあの黒い人影が見えてしま
うなんて……。古都里は不吉な予感に胸を押
し潰されそうになりながら、姉のコートを
握りしめる。どうすれば最悪の事態から姉を
守れるのか、考えてみてもわからない。自分
は不吉なあの影が見えてしまうだけで、誰か
を救えたことなど一度もなかった。


――それでも、何とかして姉を守らないと。


 古都里はそんなこと出来る訳ないと心の内
で自分を嘲笑しながら、口にした。

 「お姉ちゃん、お願い。今日は家から出な
いで、安全な場所にいて!」

 その言葉にこれ以上ないほど目を見開くと、
「でも」と姉が声を震わせる。無理もない。

 今日は第一志望の国立大学の試験当日で、
姉にとって人生を左右する大事な一日なのだ。
 そんなことは百も承知で、尚も古都里は姉
に懇願した。

 「今日がお姉ちゃんにとって大事な一日だ
ってことは十分わかってる。この日のために、
お姉ちゃんがどれだけ頑張ってきたかも知っ
てる。でも、お姉ちゃんにもしものことがあ
ったら、私っ……泣いても泣ききれないよ」