「すみません、お手数を掛けてしまって」

 「いいえ。応接間のテーブルに湯呑が散乱
していたので、手洗いのついでに」

 団子の串が剣山のように湯呑に差し込まれ
たそれを見て、古都里は肩を竦める。細々と
した雑用は自分の仕事と思えば、飛炎に気を
使わせてしまったことを申し訳なく思う。

 「どうかしましたか?」

 何となく、そんなことを考えて口を閉ざし
ていると飛炎が心配そうに顔を覗いた。古都
里は「はあ」と声を漏らすと考えていたこと
ではなく、たったいま、立ち去ったばかりの
二人のことを訊ねた。

 「あのぅ、立ち入ったことを訊くようです
けど、もしかして雷光さんとかほるさんって」

 そこで言葉を途切れば、「ああ」と飛炎が
目を細める。古都里が言わんとしていること
を察したのだろう。彼は二人の姿が消えた階
段を見上げると、またゆるりと古都里を向いた。

 「気付いたんですね。付き合っているわけ
ではないんですけどね。いまで云うところの、
両片思いというやつでしょうか」

 「両片思い、ですか?」

 その言葉に古都里は目を瞬く。

 漫画や小説などで見かけたことのある単語
だが、好き合っているのに片想いという状況
がいまいち恋に疎い古都里には呑み込めない。

 その疑問を言外に込めると飛炎は思案する
ように顎に手をあてた。

 「まあ、いずれはわかってしまうことでし
ょうから、わたしの口から話しても差支えは
ないと思いますが。元々、清水さんは雷光と
の縁がきっかけで、天狐の森に入会したお弟
子さんなんです」

 「雷光さんが。じゃあ二人は元からお友達
だったということですか?」

 「いえ。倉敷駅付近で彼女がひったくりに
合った現場に偶然、雷光が居合わせましてね。
雷光はあの通り『温羅』ですから、自転車で
逃げてゆく犯人を猛スピードで、それこそ鬼
の形相で追い掛けて、ひっ捕らえたわけです」

 「うわぁ」

 その光景を思い浮かべ、古都里は苦笑する。

 本当は『温羅』である雷光が、鬼のような
形相で追い掛けてきたのだ。かほるのバッグ
をひったくった犯人は、その姿にさぞ度肝を
抜かしたことだろう。あえなく御用となった
犯人は警察に引き渡され、それが縁でかほる
は雷光の団子屋に足を運ぶようになったのだ
という。

 「それからまもなく、雷光が天狐の森に彼
女を連れて来たわけですが。二人が恋に落ち
るのにそう時間はかからなかったように思い
ます。清水さんは今どき珍しいほどの艶麗な
女性ですからね。雷光の惚れ込みようはまあ、
見ての通りです」

 「なるほど」

 飛炎の簡潔かつ明瞭な説明に古都里は頷く。

 けれどまだ、どうして好き合っている二人
が片想いなのか?肝心なところが抜け落ちて
いる。その疑問を口にすると、飛炎は僅かに
言い淀んだ。