「廃虚ビルで聞こえた水の音がここでも聞こえたの」

「……大丈夫だ。なんの音もしない。それに俺が側にいるだろ」


いつもよりもずっと優しい声が耳に落ちてくる。

だめだな私。

怜央の前だと強い自分でいられない。

私が姫であるためには、何よりも大切な武器なのに。


「ごめんね。もう落ち着いたから。早く寝よう」

「でも、」

「起きられなくなっちゃうよ。怜央もちゃんと1限から授業出るでしょ?」


自ら温もりを手放し、寝室へと戻る。

ベッドに入ると怜央は真剣をして、私の顔を見つめた。

そして、意外な言葉を口にする。


「姫やめるか?」

「何言って……」


「今日でわかったろ。香坂みたいな奴がいるって。このまま姫を続けてたら、また同じような目に、」

「やめないよ!」

怜央が話し終えるよりも先に口を開く。


「絶対に。だって、私が姫を辞めたら櫻子さんがあんな目にあうかも知れないんだよ?そんなのだめ。怜央もそのために私を雇ったんでしょ」


櫻子さんのために続けたい。

その気持ちに嘘はないが、その中には怜央の側を離れたくないという想いも混在している。

「お願い、続けさせて」

契約でしか結ばれていない私の手を簡単に放さないで。


今はもうお金じゃない。私はただ怜央の側にいたい。

一日で長く……怜央のことが好きだと気づいたから。