「あ、はい。この前明石さんがデザイン案 取っておいてって言ってくれたので、他のアイデアも考えてみようかなって。」
「いいね。」
明石は優しく微笑んだ。香魚子の心臓が先ほどのバクバクとは違った心音を奏でる。
「チューリップと、これは?」
「えっと、タンポポを…色がついたらもっとわかりやすくなると思いますが…」
「へぇ、じゃあ色がついたところも見たいな。」
「はい、いつかお見せしますね。あの…」
「ん?」
「明石さんの好きなお花はなんですか…?」
聞いてみた後で、もしかしたら好きな花なんて無いかもしれないと思い、恥ずかしくなった。
「うーん…」
明石が考え込むのを見て、ますます質問を間違えたと後悔した。
「ミモザ。」
「え………それはこの前私が言ったやつでは…」
「うん、だから。この前までチューリップが好きだったんだけど、名前に入ってるって教えてくれたから俺もミモザが一番好き。」
明石が“好き”と言って微笑むので、香魚子の顔は真っ赤になってしまった。
(ちがうちがう、“ミモザが”好きって言ったの。)
「あ、これ社内報じゃん。」
明石がテーブルの上の社内報に気づいた。
「これ俺も載ってるよ。」
(…知ってます、読んでたから…。)
明石が社内報をパラパラ捲っているとスマホが鳴った。
「あ、(いぬい)さんだ。じゃあね、福士さん。また。」
スマホを片手に明石は手を小さく振って休憩スペースを後にした。
(明石さんはいつも心臓に悪い…“また”って。“また”…)
香魚子は思わずニヤけてしまいそうになった。
「福士さん。」
また突然話しかけられた。
横を見ると見覚えのある顔の男性が立っていた。
「………えっと…」
(誰だっけ?営業部な気がする…コンペで質問されたような気もする…)
「同僚の顔くらい覚えてないのかよ。俺は知ってるよ、デザイン部の福士さん。」
「すみません、顔は見たことあります…営業の方…。」
「営業部、鴇田(ときた) 新之助(しんのすけ)。ちなみに福士さんと同い歳。」
「はぁ…」
(そのトキタさんが何の用だろう…。)
「福士さんて何者?」
「え?」
「明石さんが自分からデザイナーに話しかけてんの初めて見た。」
「…べつに…ただの普通のデザイナーです。デザインの話をしてただけで…。」
「ふーん…」
鴇田は自販機で明石と同じコーヒーを買うと休憩スペースから出て行った。
(なんなんだろ。…ていうか、営業さんくらいは顔と名前覚えなきゃダメだな…)
香魚子は社内報をもう一度(めく)ってじっくり読んだ。