「私、福士さんとお話ししてみたかったんです。」
「私と?どうして?」
香魚子は会社では地味なデザイナーだということを自分でも理解している。
「明石さんが、いつも福士さんの話をしてるんです。」
「明石さんが?」
「“すごいデザイナーだよ” “デザイナー目指すなら福士さんのデザインいっぱい見た方がいいよ”って。」
人伝(ひとづて)に聞くと、明石が自分を買ってくれていると実感する。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、見せられるほどの実績なんてないの…。」
香魚子は申し訳なさそうに言った。
「あ、えっとミルフルール!」
「え?」
「明石さんにプレゼン資料見せていただきました。私あれ、すっごく好きです!色がすっごくきれいで、お花なんだけどストーリーを感じるっていうか…友達に手紙書くのにも使いたいですが…親とか先生とか、少しあらたまった…えっとそうだな…社会人になったので、大人として手紙を書きたい時にも使えそうで。私だったら満点で一票入れてました!」
川井が少し早口に言ったのを見て、香魚子の表情(かお)(ほころ)んだ。
「ごめんなさい私、普段は愛想無いとか言われるんですけど、かわいい物とか好きなものの話になるとテンションが上がってしまって…」
謝る川井に香魚子は首を横に振った。
「ううん、すっごく嬉しい!私の思ってたこと以上に汲み取ってくれて。ありがとう。」
川井は少し照れくさそうな表情(かお)をした。
「川井さん、下の名前は(すみれ)だったよね。」
そう言って香魚子は手帳とペンを取り出し、サラサラとラフスケッチを始めた。
川井は目を輝かせながらその様子を見ていた。
「私、スミレの花もすごく好き。ムラサキもいいけど、白とか黄色が入るともっと素敵な気がするの。今カラーペンがなくて残念だけど…こんな感じかな。」
「すっごーい!ミルフルールの新作!スミレだー!」
川井が子どものように無邪気に喜ぶので、香魚子も凍っていた心が解きほぐされていくような気持ちになった。
(この感覚…久しぶりかも。)

(喜んでくれる顔が見たいって思いながらデザインするのも、誰かが喜んでくれるのも…こんなに胸が熱くなるんだ。)