三人は会計を済ませて店を出た。
「ご馳走になってしまってすみません。ありがとうございます。」
香魚子は頭を下げた。
「誘ったのこっちだし、当然だよ。」
「俺も誘われたー!」
「お前は稼いでるから良いんだよ。むしろ(おご)れよ。」
二人の親しげなやりとりに、香魚子はクスクスと笑った。
「じゃあ俺バス乗るから。またな明石、またね福士さん。」
「はいまた。おやすみなさい。」
香魚子と明石は柏木に手を振った。
(……って、これは明石さんと二人になる流れでは…)
「福士さんは駅でいいんでしょ?行こうか。」
歩き始めた明石に、香魚子は緊張しながらついていった。
「柏木、楽しいやつでしょ?」
「あ、はい!話しやすい方でしたし、あの、ノートのことも自分で考えててもわからなかったところが質問できて勉強になりました。」
香魚子は目を輝かせた。
「そう、なら良かった。これからも企画でわかんないことがあったらアイツに聞くといいよ。秘密は守ってくれるし。」
「今日は、そのための会だったんですね。」
「そのため?」
「私が印刷とか加工のことで悩んでるときの相談相手を紹介してくれる会…?」
「ああ…まあそんなとこ。ところで…」
「はい?」
「やっぱり全然納得いってなかったんだね、あのノート。」
「………納得いってないというか…あれはあれ、というか…」
しどろもどろになる。
「…商品として発売するものなので及第点っていうのかな…自分の好みとかは関係なく、ちゃんとお金とるだけのデザインのクオリティは保ってると思うので、そういうところは納得してます。ただ“私のデザイン”としては他人(ひと)に積極的に見せたいとは思えないので…多分、おっしゃる通り納得してないです。」
「なるほど。」
明石は納得した表情を見せた。
「商品化されなくて焦る気持ちがあるのは当然だし、ピーコック“らしい”を高いクオリティで具現化できる能力は素晴らしいと思う。だけど…」
そこで明石が立ち止まって香魚子を見た。
「ピーコックは君の才能を活かすには濁りすぎた水だから。そこに飲まれすぎないようにして欲しい。誰かが—いや、“俺が”絶対見てるから、今回みたいに自分のやりたいことも必ず消さずに残して、俺に見せてよ。」
(明石さんが絶対見てる……)
香魚子は全身が心臓になってしまったくらい、鼓動の大きさを感じた。
(いや、これはあくまでもデザインの話で…)
「福士さん?」
「え、あ、はい!でも毎回どうやって…あ、LIMEでお見せするとか…?」
「ああ、いいね。今回みたいに直接見れたら一番良いけど、タイミング合わなかったらLIMEで送って。」
「はいっ。」
香魚子が勢いよく返事をすると、明石がまた右手の小指を差し出した。香魚子もつられて差し出した。
「約束2つ目」
明石はまた屈託のない笑顔を見せた。