福士(ふくし)さんて、下の名前なんて読むの?」
それが、明石(あかし) (あまね)とのほぼ初めての業務内容以外の会話だった。
福士 香魚子は文房具と雑貨のメーカー・株式会社ピーコックラボに勤める26歳。デザイナーをしている。
明石は同じ会社の営業マンだ。
香魚子の所属する企画デザイン部に商品サンプルを取りに来た明石が突然話しかけてきた。部屋には二人のほかには誰もいない。
「かぎょこ?」
明石がおかしな予想をするので、香魚子は吹き出した。
「そんな変な名前じゃないです。“あゆこ”って読みます。魚のアユの漢字の一つなんですけど、読めないですよね。」
香魚子(あゆこ)は笑って言った。
「へえ、魚のアユなんだ。良い名前だね。」
「ふふ 適当に言ってません?でも嬉しいです。」
「適当になんて言ってないよ、アユって清流に住んでる魚でしょ?きれいな場所で生きてほしいって思ってつけられた名前なんじゃない?漢字もきれいで響きもかわいいと思うけど。」
明石が真顔で「かわいい」と言うので、褒められたのはあくまでも名前だというのになんだか照れくさい。
「明石さん、すごいです。釣り好きな父が“清流の女王みたいになれ”って付けてくれたんです。」
香魚子はまた、にっこり笑って言った。