オメガである以上、遅かれ早かれ迎えてしまう発情期に恐怖を抱く俺は、その時が急激に迫っているかもしれない状況に吐き気すら覚えた。

「言わないよ、俺は」

 不快感やもっと別の何かで暴れる心臓を抑え込むように唾を飲んだ時、それまで黙っていた黛が口を開いた。一瞬、何に対する答えなのか分からなかったが、すぐに、彼の耳には俺のあの弱々しい声が聞こえていたのだと悟る。

 唇を震わせながら黛を見上げれば、俺が誰にも言ってないから、瀬那(せな)自身もバレないように細心の注意を払ってるから、俺にしか知られてないんだよ、と涼しい顔をして当たり前のように彼はそう続けた。

「……え」

 滔々と告げる黛の発言を咀嚼して、思わず漏れる吐息。抱く矛盾。何か、変だ。妙だ。黛は真剣なのに、どこか、何か、ズレているような気がする。

 黛は、俺がバレないように気をつけているからと言っておきながら、自分が俺の性を知っていることに関して何もおかしいとは思っていない様子で。言葉は悪いが、少し気味の悪さを感じてしまった。それに、下の名前で呼ばれるような親しい間柄ではないと俺自身は思っているのに、俺の名前を呼び慣れているような口調にすら、妙な不気味さを覚える。

 ごくりと唾を飲む。本能的に、だろうか。自然と、手首を握ったままの手に力が入った。汗ばんでいる。脈拍は、まだ速い。

 明らかに動揺を示す俺を見ても、一切顔色を変えない黛は、また、瀬那、と呼ぶ。特に笑みを見せることもなく落ち着いた面持ちで、瀬那、と呼ぶ。呼んで、ノートや教科書が広げられたままの机の上に手を置いた黛は、俺にその端正な顔を近づけて囁いた。