気絶した後のことを、俺は何も知らない。父親が俺を犯した後、何を言って何をして何を思ったのか。母親が俺を無視して由良に呪文のようなものを唱えた後、何を言って何をして何を思ったのか。由良が目の前の光景にショックを受け錯乱した後、何を言って何をして何を思ったのか。三人があの後、どうなったのか、どういう行動を取ったのか、どういう会話を交わしたのか、どういう言葉を使ったのか、俺は何も知らない。知らないから、知りたくても、やっぱり知らない方がいいのかもしれないとも思って。由良には昨夜のことを聞けなかった。自分の気持ちを優先して、知りたがって、できることなら思い出したくないであろう記憶を無理に呼び起こさせるのは野暮だ。

 由良のことを思うのなら、自分を守りたいのなら、聞かない方がいいし、知らない方がいい。何でもないように、なんとも思ってないように、もう自分は大丈夫だと言い切ってしまえばいいのだ。それでいい。それがいい。

 大丈夫。大丈夫。俺はもう大丈夫。一人でも発情期を乗り越えられる。大丈夫。大丈夫。またパニックになることなんてない。大丈夫。俺は大丈夫。手の届く距離に抑制剤もあるし、安心できる包帯も巻いた。大丈夫。大丈夫。大丈夫。俺はもう誰にも迷惑をかけないように、オメガ特有の症状で誰かを壊さないように、するから。なんとかするから。なんとかできるようにするから。頑張るから。大丈夫。大丈夫。だいじょう、ぶ。

「兄さんが生きることをやめたら、俺もそうするつもりだったから。だから、今、こうして、俺の前に姿を見せてくれて、今日、やっと、やっと、楽に、息が、吸えるようになって、それで、ホッとしたら、なんか、なんか、もう……」