ああ、こんな姿、黛には見せられない。黛に合わせる顔がない。どんな目で黛を見ればいいのか分からない。黛。黛。黛。黛は俺の何。黛と俺の関係は。ただの、クラスメート。違う。昨日の件で、きっと、ただのクラスメートではなくなった。黛と俺。名前、つけられない。

 黛の私物の香りに思考を奪われながらも、脱衣所を出てそろそろとリビングへ足を踏み入れれば、ソファーに腰掛けていた由良が徐に顔を上げた。困ったような、疲れたような、不安そうな、心配そうな、泣きそうな、そんな複雑な表情で俺を見る由良。でもすぐに、彼はどことなく気まずそうに目を逸らした。どういうふうに接すればいいのか考えあぐねているのかもしれない。

 俺も由良にかける第一声を上手く形成できずにいて。だからといって、お互いの存在を無視するように沈黙を続けるわけにもいかなかった。最適な言葉が見つからないのであれば、ストレートにお礼を伝えよう、と俺は由良の側へと歩みを進める。ちょうど手には由良が持ってきてくれた抑制剤と水があるから、これを口実に少し話ができればいい。

「由良、抑制剤、持ってきてくれてありがとう。おかげで少し楽になった」

 机に、荒々しい音は立てないように静かにそれを置いて、由良を見る。俺のことを見ようとしない由良は、そうしたままこくりと頷き、姿見せてくれて、安心した、と二階で、いなくならないでと零した時のように震えた声で、でも安堵した声で、そっと口にした。昨日から気に病んでいたのかもしれない。彼の顔には、やはり疲労が見て取れた。強制的に意識を飛ばした自分と違って、由良はゆっくりと睡眠を摂ることすらできなかったのだろうことが、その顔色で窺えた。