甘い匂いを嗅いで全身の血を滾らせ、減少していた黛を補給する。体の内側にまだあるような気がしている父親の不快な残り香を、俺という名の皮を被ったオメガが気に入ってしまったようにも思える黛の香りに塗り替えるように。俺は嗅覚を駆使した。

 ここには誰も、タオルの持ち主すらもいないため、気の済むまで匂いを嗅ぎ続けて、中に残る父親を消そうと半ば躍起になっていれば、抑制剤の副作用のせいか、うとうとと俺は船を漕ぎ始めてしまった。

 眠い。眠い。黛。黛。触ってほしい。黛。眠い。黛。綺麗にしてほしい。黛。眠い。眠い。黛。

 瞼が重くなる。重くなって、落ちる。ハッと目を見開いても、すぐにまた、重みに耐えられずに視界が暗くなる。暗転する。もう、持ち上げられなかった。

 強烈な眠気に勝てず、冷たい床に寝転がってしまった俺は、母親の腹の中、産まれてくる前の胎児のように丸くなって、朦朧とした意識を深淵へと持ち込んだ。黛の匂いが染み付いたスポーツタオルを鼻に押し当てたまま。気を失うように眠りにつく。

 どのくらいそうしていたのかは分からなかった。静かに眠って、脳をゆっくりと休ませて。ふわ、と覚醒すれば、ごちゃごちゃと糸やら縄やらが入り乱れていた頭が少しだけすっきりしていた。力が抜けて、複雑に絡んでいたそれらが緩んで解けたような。そんな、長引いていた風邪がようやく完治した後のような楽な感覚に包まれる。黛の匂いのおかげか、抑制剤のおかげか。あるいはそのどちらも起因しているのか。俺の心は確実に軽くなっていた。