アルファの匂いが薄くなり、由良の気配がなくなった扉の前。噛みながら、泣きながら、死にたくて、それでも、俺の頭の中は、由良の独言のような言葉に乗せた切なる思いが反響していた。

 いなくならないで。いなく、ならないで。

 揺らぐ。揺れる。気持ちが、ゆらゆら、ぐらぐら、する。消えてしまってもいい、消えてしまいたいと思っている俺と、いなくならないでと俺をなんとか繋ぎ止めようとする由良。自分を押し付けない由良の持つ見えない糸が、細くて脆そうに見えて、実際は頑丈な糸が、死にかけて落ちた俺の心を引き上げようとしているかのようだった。

 由良の引く糸に誘導されるように、俺は犯された後の乱れた服装のまま、体質上ひわやかな胸元や腹筋を晒したまま、腰を引きずるようにしてトイレから出た。そのまま、廊下の隅に置かれたペットポトルの水と抑制剤の入った袋を前に、すとんと体の力を抜いて座り込む。薬を飲もうとゆるゆると伸ばした手は、意思に反して震えていた。手首には、切り傷の上に噛んだ痕、自分の歯形がくっきりと残っていた。昂る脈拍や心臓、発情期による息切れも、続いていた。俺は死ねていなかった。死ねなかった。死ぬことができなかった。

 のろのろと袋を手に取り、中からほぼ毎日飲んでいる錠剤を取り出した俺は、小さな粒を手のひらに落とした。それを半開きの口に押し込み、水の入ったペットボトルを掴む、が、上手く力が入らず、キャップを外すのに手間取ってしまった。