大丈夫、大丈夫、由良は悪くない。悪くないから。

 思っても口にしなければ伝わらないのに、本当に言いたい言葉は、ゆら、ゆら、と弟すら求めるように勝手に動く舌に殺される。自分だって辛いはずなのに、学校から家まで俺を背負って歩いてくれて、父親からは助けようとしてくれて。由良なりに動いてくれたのに、俺はありがとうの一つも伝えられていなかった。

「抑制剤と水、置いとくから、飲んで、落ち着いたら、一緒に何か、食べよ」

 途切れ途切れ。苦しそうな息遣い。それでも、一文字一文字丁寧に喋る由良。彼の口から生み出される言葉たちは、吐息混じりでも優しい音となって、俺の鼓膜をゆるゆると揺らした。

 ゆら。ゆら。その温もりは、火傷する。ゆら。ゆら。その優しさは、欲情する。ゆら。ゆら。俺には、由良が眩しすぎる。

 発情期だと分かっているのに俺に近づく由良は、いや、違う。発情期だと分かっているから近づいて手を差し伸べようとしてくれる由良は、あまりにも出来すぎた弟だった。

 そういう純粋な心も、俺は由良よりも劣っている。今の俺は、由良のその手すら汚そうと欲に塗れた、誰彼構わず雄を誘うオメガだった。由良の兄でもない、ただのオメガ。

 ゆら、ゆら、とうるさい自分の口を、舌の動きを、意地になって封じるように、また、手首を噛む。ゆら、ゆら、と繰り返していた声が、消えた。消えた。俺が、自ら、消した。

 この声のように、俺も一緒に消えてしまえたら、由良にも迷惑をかけずに済むだろうか。両親からも逃げられるだろうか。由良や両親を、オメガという呪縛から救えるだろうか。歪んで捻れた家庭を、元に戻せるだろうか。俺が、消えてしまえば。全部、全部、綺麗に、できるだろうか。