荒々しい物音がして、人の気配がして、どこか遠くの方に行っていた意識が呼び戻された。足音が、うるさい。足音で、察する。この、ドンドンと怒りぶつけるような重たい足音は、そうだ、父親、の、ものだ。

「あ、あ……」

 息の仕方が分からなくなる。助けを求めるように黛のタオルに縋りついても、それは黛を呼ぶためのものではなかった。何も伝達できないし、彼は何も知らない。

 明らかに憤怒している父親の出す音に耳を塞いでも、遮断できなかった。どうして。どうして。何に怒っているのか。そんなの分かってる。いつも以上に荒い行動は、悪化した俺の変化に気づいたからだろう。匂いは、そう簡単には、消せない。

 音は大きくなり、大きくなって、ベッドに寝転がって丸まったままの俺のいる部屋の扉を乱暴に開け放った。イライラした様子の父親の気配がする。顔すら見られない。何もできない。怯えることしかできない。怖がることしかできない。

 由良以外の誰か、両親が帰宅した家は、俺にとってそういう場所だった。分かっているのにここに戻って来てしまうのは、帰る場所がここしかないからで。両親みたいに、俺を罵倒することのない由良がいるのが、唯一の救いだった。

「オメガの臭いがきつくなってると思ったら、発情期なんか迎えやがったのか。お前のその発情のせいで、俺も由良も母さんもおかしくなるんだよ。分かってんのか」