「黛……」

 取り憑かれたように呟いて、零れ落ちた人名。恍惚。朦朧。俺を苦しませながら気持ちよくさせた黛のことを考えていたら、胸が熱くなった。首が熱くなった。喉が熱くなった。子宮が熱くなった。下半身が熱くなった。

 なに、これ。熱い。また、体、おかしくなってる。

 黛が触れた熱が全身に呼び戻されているかのようで。巻きっぱなしの包帯がその熱を閉じ込めていた。一秒ごとに体調が悪くなっているような感覚に取り乱してしまいそうになった俺は、思わず由良の肩に顔を埋めていた。そのまま、血の繋がった弟に対しても欲情するように、無意識に匂いまで嗅いでしまう。

 黛とは違うアルファの匂い。由良からは優しくて落ち着くような匂いがするのに、学校で嗅いだ黛の匂いは強烈に性欲を煽るような媚薬みたいなそれだった。由良の匂いは、黛の匂いに、劣る。おとる。おと、る。

 え、え、今。何。俺。今。何。劣るって。劣るって、何。由良。黛。匂い。劣る。なにこれ。

 知らない。何。分からない。何。触ってほしい。何。なにこれ。

 黛。黛。触ってほしい。触ってほしい、なんて。ほんと、おかしい。なにこれ。

 欲しい。黛。欲しい。もっと、俺を──

 黛に触られて、気持ちよかったのは本当だった。それが過激すぎて失神したくらいだから、違うと意地を張ってもすぐに論破されるだろう。何をしても覆せない正真正銘の事実でしかなかった。

 黛、黛、と惚けたように、壊れたように、由良に甘えたまま由良ではない別の人の名前を呼ぶ俺に、口数の少ない由良は無言を貫いていた。その代わり、まるで感情を抑えるようにごくりと唾を飲むような音がして。悪いことをしていると理解しても、唾液で濡れた緩んだ口は止まらなかった。