はぁ、は、う、ん、と息を切らして苦しみ喘いでばかりいる俺を他所に、彼は掃除用具入れから公共の場所でよく見かける青いバケツを取り出し、中に水を汲み始めた。行動の意図が読めそうで、でも読めず、虚ろになって眺める。彼はそれで何をするつもりなのだろう。回らない頭で疑問を抱き、程なくしてハッとなったところで、それを避けられるはずもなく。手の施しようがなかった。

「運命は、綺麗じゃないと、ダメだろ」

 そう口にし、運命に拘泥する彼は、汚い、汚い、と取り憑かれたように繰り返しながら、バケツに溜めた大量の水を躊躇なく俺の上半身に、吐瀉物が染み付いた服に、ぶっかけた。一瞬の水圧に腰が落ちそうになったが、立て。座るな。彼のその言葉を思い出し、は、は、あ、だめ、だめだ、とびしょ濡れになったままなんとか持ち堪える。悪い機嫌を更に悪くさせるのはタブーだ。両親に虐げられた時も、そう、してきた。

 重たく冷たい水が臭いを放つ液体を連れて流れて行くが、まだ綺麗とは程遠く。攻撃的なのが素なのか、運命に煽られて正常な判断を下せなくなっているのか、彼はまたバケツに水を入れ俺に冷水を浴びせた。驚愕と恐怖のあまり、喘ぎ漏れていた声が引っ込んだ。夏場であっても冷えていく体が震え始める。これが運命だなんて、思いたくない。それなのに、彼を見る俺の目は、冷めない。

「綺麗に、洗い流してから、項、噛んでやるから」

 舌舐めずり。鳥肌。粟立つ。噛むことはやっぱり前提で、決定事項で。そのために彼は、綺麗な形で番になるために彼は、汚れた俺の体を大量の水で濡らして清潔にしようとしているのだろう。彼にとって運命は、綺麗でなければならないから。俺は、汚い。汚いから。醜くて落ちぶれているから。運命なのに、彼の理想の運命の姿から外れてしまったから。かけ離れてしまったから。