嘔吐されても俺を抱えたままのその人は、視線を前方へ、少し先にある公園へ向けた。その瞬間、そこへ自分を連れて行こうとしているんじゃないかと勘繰り、あ、あ、と言葉にならない抵抗の声が漏れてしまう。やめて。いやだ。つれていかないで。たすけて。

 自然と避けていた場所。必死に考えないようにしていたこと。忘れようとしていたこと。それが瞬く間に呼び覚まされていく。車内で見知らぬ男たちに輪姦された記憶。輪姦された事実。頭や体が悲鳴を上げ、まともな発声ができないでいる俺を連れて歩く彼の足は止まらない。興奮して、混乱して、戦慄して。気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪いから、気持ち悪い液体を、また、吐いて、また、気持ち悪くなって、また、吐いて、また、気持ち悪くなって。悪循環だった。

 汚く嘔吐き、涎を垂らし、呼吸を乱し、発情を煽られたオメガとして、醜く落ちぶれていく。は、あ、や、だ、と涙ぐんで視界を揺らすも、漏れている息は熱くて。どんなに嫌だと抵抗しても、説得力なんてなかった。ないからきっと、彼は俺を下ろそうとはしないのだ。いや、あっても、下ろしてはくれないだろうか。奇跡に近い運命を探していたという彼が、拒否されたからと言って、自力で拾った赤い糸を簡単に手放すとは考えにくかった。

 一度その結論に至ってしまったら最後、もう為す術がないことを自覚させられ、運命と本能に頭と体が支配されていく感覚に苛まれる。片方が良い思いをして、もう片方が苦しい思いをするような、そんな運命なんて、俺は、いらない。いらないのに。不必要なのに。それなのに、どこかも分からない、知りたくもない奥が、疼いて疼いてたまらない。本当に自分の臓器なのか疑ってしまいそうなくらい、そこは、ゼロに近い確率で出会ってしまった運命の番を、求めて欲しがって縋って泣いていた。気持ち悪かった。