脳が震える。心が震える。いやだ、やめて。そんな俺の僅かな理性を無慈悲に蹴散らし狂い出す本能が、この人だと言って聞かず暴走する。この人だ。この人だ。この人だ。この人が。俺の。いやだ。この人が。紛れもなく。俺の。やめて。俺の。やめて。やめて。やめて。やめ

「はぁ、やっと、探し求めていた運命を、番にできる」

 混乱し、ドクドクと心音が近くなり、ざわざわと騒音で埋め尽くされていた脳内が、すーっと冷えていくように静寂に包まれ、その声だけが、その言葉だけが、音のない水中で不思議な音色を奏でるようにはっきりくっきり鮮明に響いた。あ、あ、と聞きたくなかった、知りたくなかった音の羅列に息ができなくなる。それが恐怖によるものなのか興奮によるものなのかすらも分からないまま、気づけば俺の足は地面から離れていて。まだ名乗り出ない人に横抱きにされていた。理性を食い散らかす本能に協力するように、抗えない運命までもが共闘する。あ、あ、いやだ、いやだ、やめて、たすけて、たすけてください、と息も絶え絶えに消え入りそうな掠れた声で訴えるも、俺を抱えてどこかへ連れて行くその人の耳には、心には、届かなかった。

 疼く体はビリビリと痺れているようで力が入らず、運命に身を預ける他ないことに狂気じみた何かを感じざるを得ない。白昼堂々、探し求めていたという運命の番を、抵抗しないのを、できないのをいいことに拉致する明るい髪色の人もまた、正気の沙汰ではなかった。運命を見ているだけで、俺という人間を見ているわけじゃないと分かる欲望に塗れた双眸。運命の番を見つけたことに対してだろうか、溢れ出す感情を抑えられないまま挑戦的に持ち上がる口角。人目のつかないところに行って、そこで思う存分首の後ろを噛みちぎりたくてたまらないといった様子で上下する喉仏。