「やっと、やっと、やっと、見つけた……」

 興奮気味に意味深なことを言い放ち、その人は、はぁ、と滾ったように唇を舐めた。その際にチラついた舌が、唾液でぬらぬらとしているであろう舌が、真っ赤に染まっているように見えて。煽られた。煽られたくないのに、煽られた。官能を、くすぐられた。むわむわと二人を取り囲む混ざり合った匂いが、お互いの息を上げさせる。まるで、突発的な、発情、の、よう。この人が。俺の。この人は。俺の。

 あ、あ、は、まさか。違う。ちがう。知らない、知らない、知らない。しらない。しりたくない。立っていられない。分からない、判らない、解らない。わからない。わかりたくない。立っていられない。くらくら、ぐらぐら、頭が痛い。カクカク、ガクガク、膝が笑う。もう、もう、無理だ。力が抜ける。吸い取られる。息が苦しい。堪えられない。立っていられない。黛をも凌駕するほどの圧倒的な存在のアルファを前に、立っていられるはずもない。飲まれる。飲み込まれる。ねぇ。黛。黛。この人が。この人は。しりたくないのに、わかりたくないのに、ああ、はは、いやだ。黛。ほんとうに、いやだ。いやなのに、あらがえない。

 急性的な発情を自力でどうにかすることなどできるはずもなく、まるで事切れてしまったかのようにふっと力が抜けた膝からその場に崩れ落ちてしまいそうになったところで。名前すらまだ知らない初対面の人に抱き竦められた。酩酊しそうなほどの濃いアルファの匂い包み込まれ、あ、は、い、やだ、あ、やめ、は、あ、と吐息なのか嬌声なのか抵抗なのか区別できない声が漏れる。倒れかけた俺を力強くホールドする手は凶暴で、捕らえた獲物は、ようやく探し当てた獲物は、絶対に逃がさないという確固たる意志を感じた。