地に足が張り付いてしまったかのように身動きが取れず、距離を縮めるその人からは依然として目が離せず、その状態のまま何かを欲するようにごくりと唾を飲み込めば、は、は、と発情しているみたいに息が上がった。距離が近づけば近づくほどに酷くなっていく。原因は明らかに、俺を見ている知らない人だった。背を向けることも、無視をすることも、できない。ただ、ただ、じわじわと広がっていく不可思議な欲求に、心や体が侵食されていくのを、抵抗できない状況下で眺めていることしかできなかった。自分の身に、相手の身に、何が起こっているのか察しがついているのに、分かりたくなくて、判りたくなくて、解りたくなくて、知らないふりをした。気づいていないふりをした。鈍感なふりをした。

 くらくら、くらくら、強烈な匂いが俺の脳を溶かし、ギラギラ、ギラギラ、獲物を捕らえた獣のような目が俺を見つめる。その人の口端は妖しく持ち上がっていた。身の危険を感じてはいるのに、言うことを聞かない俺の心も体も全部、十分に会話ができる距離で立ち止まった人物に囚われる。身長は俺よりも断然高く、髪色は金髪に近い茶髪で、重たい前髪から覗く目は、目が、切れ長の目が、瞳孔が開いているようにも見える目が、どことなく、黛に似ているような気がして。一瞬、彼と重なった。でも、この人は、黛じゃない。髪色が明らかに違う。黛は落ち着いたトーンの黒髪だ。それに、黛に迫られた時と今とじゃ脳に伝わる刺激が違う。くらくら、ビリビリ、ふわふわ、ズキズキ。きっと、俺は、悪い意味で、この人に、惹かれている。引き寄せられている。強制的に。そういう気分にさせられている。知りたくない嫌な予感の正体が、むくむくと膨れ上がっていくようだった。