自信はなかったが、意地でも取り繕わないと、羞恥心に押し潰され気が狂ってしまいそうで。いや、もう、既に、狂っているのか。どんなに乱暴な触れ方をされても、どんなに乱暴な扱いを受けても、少しも萎えず、逆に頭を擡げさせた俺の体は。狂っている。首を絞めたり、頬を打ったり、喉を突いたり、舌を噛んだり、唾を飛ばしたり、それで滾っていた黛と、それに悦んでいた俺の体。そうか、もう、二人とも、狂っているのだ。普通じゃない人が、普通じゃない相手に、普通に接しようとしたところで、片方は普通じゃないままなのだから、余計噛み合わなくなってしまうんじゃないか。

 黛の前では、普通になることすら許されないような、そんな気に勝手になってしまった。黛にとっての異常な普通が、俺にとっての普通になりかけている。誰も理解できない彼の言動を、俺だけが理解して、理解させられているようで。黛に毒されていた。毒されているのに、毒されていることを、嫌だと感じていない自分が嫌だった。

 掴みどころのない黛のことを考えていたら、自分の肉体の変化を自覚せざるを得なくなってしまいそうで。気づいているのに目を背けて、不安になるから逃避して、そうして俺は気を取り直すように大きく息を吸って吐いた。そして、何気なく顔を上げたその時、前方から歩いてくる人と目が合い、止まれという指令は出していないのに自然と足が止まった。その人から目が離せず、思考を奪い取られ、脳や心臓、血液が過敏に反応するように熱を上げていく。次第に息も乱れ、動悸も感じ、脈絡もなく急激に落ち込んでいく体調に動転してしまった。

 俺に視線を寄越したまま歩を進める人の口元がほんの少し嗤っているように見えて。ゾッとした。のに、熱は冷めなかった。知らない人なのに。知らない人が、自分を凝視して嗤っているのに。くらくらするほど、細胞一つ一つが、まるで待ち侘びていたかのように歓喜に震え出す。歓喜、って、なんだ。なんで。どうして。俺の体は疼いているのか。