気を抜けばすぐに落ち込んでしまう感情を今一度引き締めるように手にしていた財布を握り直した俺は、抑制剤を購入するという目的を果たすために院内へと足を運んだ。受付にいる看護師に挨拶をされ同じように返し、用件を述べる。それでいつもはすぐに薬をもらっていたが、今日はどこか違っていた。作業していた手を止め、鳴海さんは、と何気なくと言った様子で声をかけてきた看護師のせいだろうか。顔見知りではあるが世間話をするような間柄ではないため、何か自分に関する問題が発覚してしまったのだろうかと身構え、緊張しながらも、俺は黙って看護師の言葉を待った。鳴海さんは、の、あと。何を言われてしまうのか。唇をキュッと引き結ぶ俺を他所に、看護師は柔らかい口調のまま続ける。

「鳴海さんは、番になれそうな恋人とかはいますか?」

「……え」

 間の抜けた声が自分の口から落ちてきた。まさかそんなことを聞かれるなんて、と目を瞬かせる俺を、看護師は微笑むでもなければ真顔でもない、その中間くらいの分かりにくい表情で見ていた。良い方にも悪い方にも、どちらにも同等の確率で転べるように、二つの選択肢のちょうど真ん中に立って様子を窺っているような、そんな目をしている。

 俺の返答の仕方一つで、看護師の顔色が明るくなるか暗くなるか決まってしまうんじゃないか。そんなこと、と思ってしまったが、医療従事者の口から訊ねられるそんなことは、そんなことで済ますべきではないんじゃないか。そう思い、そう思ってしまい、俺の目は、脳は、この場に見合う適当な言葉を探し始めていた。恋人はいません。それを言えばいいだけなのに。顔色を窺ってしまう。あ、えー、と沈黙にならないよう必死に間を持たせながらようやく見つけた言葉からは、拭い切れない自信のなさが溢れ出てしまっていた。