少しもペースを落とすことなく、それこそ指先の感覚がなくなりそうなほど、何度も何度も何度も繰り返しまゆずみの文字を刻み続けると、無防備な背後で何か気配を感じた。と、思ったら、すぐに、瀬那、と心配も驚愕も感じられない、俺がそこにいたから、興味を惹かれたから声をかけただけような音で、名前を呼ばれた。瀬那、と呼ばれるのを待っていた。待っていた。気が狂いそうなくらい待っていた。待っていたから、その声に、例え弱っていたとしても、体は敏感に反応した。

「あ、あ……、まゆ、ず、み……」

 手を止めゆるゆると振り返って、そこに立っている、カバンを手にした黛を見上げた。まゆずみ、まゆずみ、まゆずみ。どことなく炯々とした眼差しで俺を見下ろす黛に、さっきまで地面に文字を書き続けていた手を徐に伸ばして。無言の助けを求める。黛にそのつもりはないとしても、今、俺は、どうしようもなく、黛に触れてほしくてたまらないから、だから、学校で自分の思うままに俺を愛でたように、今ここで、今すぐに、触ってほしい。綺麗にしてほしい。塗り替えてほしい。

 まゆずみ。まゆずみ。さわって。まゆずみ。きたなくても、さわって。まゆずみ。

 俺と目線を合わせるように屈んだ黛が、宙に浮いて震えている俺の手を取った。期待にぶるりと体が震える。彼はまだ言葉を発さないまま、瞳孔の開いた目で俺の湿った目を凝視し、握った俺の手の指を、人差し指を、舐めて、噛んで、絡め取った汚れを飲み込んだ。黛の口内は熱く、皮膚を這う舌に火傷しそうだった。高揚しているような動悸がする。指先を、舐められ噛まれただけなのに。でもそれは、普通の友達相手にする行動ではないから、だから、狂った俺の気は、異常を感じる前に興奮してしまうのだ。俺と黛は、友達とは違う。