無言のままアクセルを踏み、車を発進させる運転手。背凭れを限界まで倒した座席に拉致した俺を組み敷き、何かを企んでいることが丸分かりな卑しい表情で舌舐めずりをする男たち。勝ち目のない人数や力に成す術もなく、手や息が震えてしまう俺。気が狂いそうなほどの恐怖心に動悸がしていた。

 車内には、酔いそうなほどのきつい匂いが充満していた。アルファとベータの、微かに香るフェロモンが混ざり合ったみたいな匂い。それを抜きにしても、この中の、男たちのテリトリーの空気は、俺にとって不快だった。

「鳴くに海、あー、なるみ、でいいのかな。ねぇ、鳴海くん、君が噂のオメガなんでしょ?」

 首輪つけて、自分はオメガですー、って言っちゃってるしね。愉快そうに笑い出す男の言葉に、何も返答ができなかった。名札を外し忘れていたために、自分の名字を知られて。警戒心を緩めてしまっていたために、オメガ狩りのようなことをされて。簡単に拉致されて。意志に反して涙が零れ落ちそうになる。揺れる車内で、四方八方から押さえつけられた両手足は、少しも動かせなかった。は、は、と息がうまくできず、錯乱する。

 あ、あ、やだ、何これ。何これ。嫌だ。何が起こって。やめて。どうなって。離して。

 口にしないと伝わらない、口にしたところでやめてはくれないだろう言葉が、頭の中を駆け巡る。どこに連れて行かれてしまうのか。何をされてしまうのか。数秒先の、もしかしたら、という最悪な未来は嫌でも予測できてしまっているのに、それを未然に防ぐ術を俺は持っていなかった。何もできない。力負けして。何も言えない。息が詰まって。俺を見下ろすいくつもの目が、眼光が、恐怖を煽る。