「やっぱりここで、吐いたんだね」

 今一番二人きりになりたくない人物が、俺の体調を悪化させたと言っても過言ではない人物が、自分は何もしていないとでも言うように平然とした物言いで、嫌悪を抱く様子もなく汚れた手洗い場を覗き込んだ。他人の吐瀉物を見ても、漂っているであろう饐えた臭いが鼻を抜けても、眉一つ動かさない黛は、吐いて泣いて座り込んでいる俺に視線を向け、まだ、気持ち悪そうだから、俺が楽にしてあげる、と口元だけで笑った。目は、笑っていなかった。

 恐怖を煽るような雰囲気に、表情に、発言に、喘ぐような声を漏らして震え続ける俺を無視する黛は、明らかに弱い立場にある俺の腕を掴んで強制的に立ち上がらせた。同性なのに力に差があり、抵抗できずに接触を許してしまう。

 手洗い場の前、ふらつく俺を支えるように腰を抱く黛の空いた片手が、指先が、長い人差し指と中指が、半開きの俺の唇を割って口内に侵入した。

 予想外のことに目を見開き、咄嗟に黛の手を掴んで口から引き抜こうとするが、故意に嘔吐かせるように舌を押して喉奥に進む指は止められなかった。

 喉を突くような指の動きによって押し寄せる激しい吐き気に、おえ、と汚らしい声を漏らしてしまう俺は、黛に指を突っ込まれたまま再び戻してしまった。喉が焼けるように熱い。気持ち悪い。

 指が吐瀉物塗れになっても、黛は意に介することなく無遠慮に口内を掻き回し続け、俺を何度も嘔吐かせた。上手く息ができず、苦しさに涙が止まらなくなる。口の端からは唾液がたらりと垂れていて、それは黛の指を濡らして顎を伝い、俺の顔を醜くさせた。