多少の知識は蓄積されているはずの頭も回らず、ぐらぐらと不安定に揺れている俺は、急かすように、捲し立てるように、煽るように、アルファの黛に一気に攻められ、心がそれに追いついていない状態に陥っていた。

「……いや、だ」

 パニックのままそれだけを、微量の酸素を使い切るように小さく呟いて。安心を求めるように手首を握り、傷を覆う包帯の感触を確かめる。手が、異様に震えていた。痛みが、これは現実であることを伝えた。涙が、今の心境を剥き出しにさせていた。

 オメガの発情期に怯え、妊娠できる体質を恐れ、黛にその性がバレている事実に震え、許容範囲を上回るショックに吐いてしまうほど追い詰められた俺は、立っていることすらままならなくなり、その場に崩れ落ちてしまった。体の不調は、胸の動悸は、治まるどころか酷くなっていて。激しくなっていて。落ち着かせられないことに焦燥と恐怖を覚えた。

 涙と涎が、顔を汚す。吐いたのに、吐いたことが、気持ち悪くて、心に余裕を、持てなくて、また、吐きそうになる。まとわりつく吐瀉物の口臭が、俺の呼吸をより一層苦しくさせていた。

 脈の速さを訴える手首を握ったまま口元を押さえ、悪臭を我慢しながら必死に肺を動かしていると、瀬那、と扉一枚を隔てた向こう側から、もうとっくに変声を終えた低めの声がして、阻んでいた壁がその人物の侵入を許した。

 鼓膜に届いた声に驚愕し、肩が、揺れ、恐る恐る、顔を、上げる。まるで俺がそこにいると分かっていたかのような断定的でもあった声に、ぎこちなくない滑らかな呼びかけに、警戒心を高めた体が小刻みに震え始めた。