シチューが入っていたはずの鍋は床に転がっているし、焼き立てのパンが入っていたはずのバスケットは厨房の端っこに放り投げられている。チーズやヨーグルトを冷やしている冷蔵室は開けっぱなしで、果物が山盛りになっているはずの陶器製の大皿の上には種や皮や芯があるだけ。ヤギやウシのミルクの瓶は、流しに突っ込まれている。きわめつけは、アップルレーズンパイがのっていたはずのパイ皿には、パイ生地のクズが落ちているだけになっている。

 マリユスとお姉様は、敵や民衆の目を逃れて命からがら逃げてきたに違いない。

 そんな二人に、もはや矜持や誇りは残っていないのかしら。