そのことを決して忘れていたわけでは無い。



 彼はいつも手に打ち身の痕があったり、鉄臭かったり....



 あの任侠もの映画を観た手前、そういう行為をするかもしれないって、分かってた筈なんだ。





「ヒナタ君大丈夫⁉︎」



 
 殴った張本人になんて目も暮れず、倒れ込んで痛みに顔を顰めるセフレの心配をする。



 口元を切ったのか血が垂れ出てきて、自分の着ているブラウスの袖で、その場所を拭った。



「杏ちゃん....やめて、彼氏居るなら最初から言って欲しかった。」



「っちがう....。」





 違うよ....ヒナタ君は勘違いしてるんだ。詠斗は私の彼氏では無いし、ただアイツが勝手に言ってるだけ。



 でもね、彼は察したんだろう。




 殴られても仕方が無いってね。




 人の女に手を出したらどうなるかって十分理解しているし、もし仮に逆の立場だったならば、ヒナタ君もきっと....




 人の男に手を出している時点で、私もヒナタ君の彼女に最悪殺される覚悟を持たなくてはならなかったのだ。





 甘いな、わたし....。







「若頭、通報される前にずらかりますよ。」



「嗚呼、分かってる。....おい、杏行くぞ。」




 強面が詠斗に声を掛けた時、やっぱり周囲の目が集まっている事に気が付かされた。




 私もこのままこの場所に居たら不味い気がし、




「ごめんなさい、本当に。」




「早く行って、俺は大丈夫だから。」




 嗚呼....ヒナタ君って色んな女とやってる(クズ)だと思ってたけど、こんな時に機転が効いて、殴られたのに詠斗も私の事も責めない。



 そんな彼の優しさに甘えて、詠斗たちと共にその場から逃げた。