…それで。
アンケートの項目決め、だったっけ。
満足度を点数で書いてもらうとかなんとか…。
…そんなの、別に適当で良くない?
何なら、白紙にどんと一問「感想を記入してください」って書いて、大きい空欄を用意しておくだけで。
それだけで、皆感想書いてくれないかな?
なんて安直なことを考えるのは、アンケート用紙を作るなんて面倒臭い、と私が思ってるからだろうか。
だから結月君に怒られるんだよね。
私は結月君みたいに、真面目には生きられないんだよ。
なんて、またしても不真面目なことを考えていると。
結月君は、自分のノートを一枚破って、それにさらさらと何かを書き込んでいた。
ルーズリーフ使えば良いのに。忘れたのかな?
って言うか、何を書いてるんだろ?
「結月君、何やってるの?」
「ざっと考えてみたんですけど…。こんな感じでどうですか?」
結月君が、ちぎったノートの1ページを私に差し出した。
それを見て、またびっくりした。
うわ、アンケート用紙だ。
結月君の几帳面な手書きの文字で、仮決めの質問項目が並んでいる。
まず最初に、回答者の年代と、性別を選ぶ項目があって。
次に、5つの質問項目が並んでいる。
1問目は、ダンスの満足度。
2問目は、ステージや照明の満足度。
3問目は、衣装、楽曲の満足度。
4問目は、総合満足度。
5問目に「ご意見がある方は記入してください」の空欄。
うわー、凄い。
本格的なアンケート用紙だ。
こんなのよくすぐに思いつくね、結月君は。
「どうですか?」
「うん、凄く良いと思う」
本格的だ。
もう、このまま印刷しちゃって良いんじゃないかな?
「他に、追加したい項目はありませんか?」
「ないない!完璧だと思うよ」
「本当に?面倒だからもうこれで良いや、とか思ってないですか?」
「…」
…結月君って。
たまに、意表を突くような毒を吐いてくること、ない?
ドキッとするからやめて。
「…思ってないよ…」
本当に、心からこのアンケート良いじゃんって思ってるよ。
そりゃあ、ちょっとは面倒臭いとか思ってたけどさ。
「分かりました。じゃあ、これを…パソコンに入力しましょうか」
「え?」
パソコン?何で?
このまま、先生に頼んでコピー機で量産してもらえば良いんじゃないの?
まさか。
「パソコンで作るの…?」
「え?他に何で作るんですか?」
え、いや手書きで…。
手書きで充分だと思ってたんだけど。
結月君の本気度が、予想以上に高くて…私はついていけてない。
そんな訳で、放課後。
私は結月君と一緒に、先生にパソコン室使用の許可をもらい。
その足でパソコン室にやって来た。
学校のパソコン室なんて、授業でしか使わないから何だか新鮮。
しかし、結月君は手慣れた様子で。
「あ、星ちゃんさん、そのパソコンはちょっと壊れてるので」
「え?」
パソコン室に入って、一番手前のパソコンを立ち上げようと思ったら、結月君に止められた。
え?これ壊れてるの?
「繋がるのが凄く遅いときがあるんです。その隣のパソコンなら、ちゃんと動くので。そちらを立ち上げましょう」
「あ、うん…分かった」
たまにあるよね、学校のパソコン室って。
自分の使ってるパソコンだけ、妙に動作が鈍いとき。
人間に個人差があるように、パソコンにも個体差みたいなのがあるのかもしれない。
って言うか、壊れてるんだっけ?
「よく知ってるね、これが壊れてるなんて…」
私、どのパソコンの動作が早いとか遅いとか、そんなの全然覚えてないよ。
「あぁ、はい。僕、自宅にパソコンがないので…」
「…」
「調べ物があるときは、いつもパソコン室を借りてるんです。それで…」
…成程。
そういえば、結月君の家ってパソコンないんだっけ…。
それどころか、スマホすら持ってないんだったよね。
ネットを使いたかったら、学校のパソコンしか選択肢がないなんて…私には耐えられないよ。
「結月君の家って、厳しいんだね…」
門限とかも、ちゃんと決まってるのかな。
しかし。
「家が厳しいって言うか…そこまでパソコンが必要だと思わないので」
「…」
「生きていくのに必要なものがあれば、それで良いです。パソコンなんて学校に来れば借りられますしね」
よくそういうことを、さらりと言えると思うよ。
今日日、ネットのない生活なんてなかなか難しいよ。
私には有り得ない感覚だ。
「よし、立ち上がった…。じゃあ、始めましょうか」
「あ、うん…」
私は、結月君の隣の席に腰掛けた。
…ところで、素朴な疑問なんだけど。
パソコンで、どうやってアンケート用紙を作れば良いの?
何だっけ、その…メモ帳とかに下書きして、それを印刷すれば良いんだろうか。
それとも、専用ソフトに打ち込んで作るんだっけ?
なんか、授業でちらっと習ったような気はするんだけど…。
パソコンの授業って、先生の説明の合間にこっそりネットを開いて、動画を見たりしてる記憶しかない。
なんて不真面目な生徒なんだ。
私が自分の不真面目さを呪っている、その間に。
結月君は、手早く表計算ソフトを立ち上げていた。
はやっ。
「それで作るの?」
「?はい…。そうじゃないんですか?」
ごめん、私よく分かってない。
「前、パソコンの授業で似たようなことしたじゃないですか。調査用紙を作る作業…。あのときは印刷まではしませんでしたけど」
「…」
「あれと同じことをすれば良いんですよね?」
…結月君。
君ほどの模範生徒を、私は見たことがないよ。
偉過ぎる。
パソコンの授業の間中、真菜達とキャッキャしながらネットを開いて遊んでいた私とは、大違い。
って言うか、パソコンを持ってないはずの結月君の方が、パソコン作業に詳しいなんて。
つまりそれって、私はパソコンを持ってはいても、ネットサーフィンして遊ぶ以外に使ってない、ってことだよね。
こういうネット以外の作業については、からっきしなんだもん。
むしろ、授業で得た知識をしっかり覚えていて、こういうときに役立てることが出来てる結月君の方が。
パソコンを持ってない結月君の方が、百倍は偉い。
ねぇ。
今のところ、このアンケート係の作業に、私って必要?
全部結月君がやっちゃってるじゃん。
私、超役立たずみたいになってる。
恥ずかしい。
私にも…せめて一つでも、何か活躍の機会が欲しい…。
これじゃあ、全部結月君に押し付けたみたいじゃない。
すると。
はい、あとはこれで…質問項目を入力するだけですね。
うわー、凄い。
ちょっと目を離した隙に、アンケート用紙のフォーマットが完成している。
それって、自分で手打ちしたんだよね?
まさか、学校のパソコンのソフトに、事前にアンケート調査のフォーマットが用意されていた訳ではあるまい。
ってことは、結月君が自分で打って、作ったのだ。
強い。強過ぎるぞ結月君。
向かうところ、君に敵なし、
「えぇと…。だ、い…いち、もん…」
「…」
いざ、質問項目を入力する段階になって。
結月君は、キーボードをポチポチ叩き始めた。
…人差し指一本で。
…指一本でキーボード打つ人、小学生以外で初めて見た。
いや、今日日小学生だって、もうちょっと手際よくキーボードを扱えると思う。
向かうところ敵なしだと思われた結月君だったが。
ここに来て、まさかの欠点が発覚。
結月君、キーボード入力するのが物凄く下手。
超遅い。
「D…D…あ、あった。次にAは…」
一文字一文字、アルファベットを探しながらキーボード打ってる。
パソコンを持ってないせいか、全然キーボードを打ち慣れてないんだ。
…なんか微笑ましいなぁ。
可愛いところあるじゃん、結月君…。
「…何でにこにこしてるんですか?」
結月君が顔を上げて私を見た。
ううん、ちょっとね。
馬鹿にしてるんじゃないんだよ?
「何だか微笑ましいなぁって…」
「…何が?」
気づいてない辺り、余計に微笑ましい。
それと。
「キーボード入力は、私が代わるよ」
ようやく、私が役に立てる機会がやって来た。
このままじゃ、私は何もさせてもらえないところだったよ。
「え?でも…」
「大丈夫大丈夫、任せて」
任せてなんて言えるほど、私だって入力が早い訳ではないけど。
少なくとも、結月君よりは早いと断言出来る。
それだけは確実だから。
せめて、入力は私がやるよ。
フォーマットを結月君が完成させてくれてるから、あとは質問項目を入力するだけだし。
その質問項目だって、結月君が手書きで用意してくれてるから。
その文章、そのまま入力すれば良いんでしょ?
楽なものだ。
カタカタとキーボードを叩いて、質問項目を入力する。
「…早いですね」
「ん…まぁね」
私が早いんじゃなくて、君が遅過ぎるんだよ、とは。
言いたくても言えなかった。
ここまでほぼ全部、お膳立てしてもらってるしね。
文句言える立場じゃない。
「…はい、こんなものかな」
「ありがとうございます」
私は、あっさりと入力を終えた。
おぉ。結構良い感じじゃん。
あとは、これを印刷すれば完成だ。
その後。
完成したアンケート用紙を、事前に決めていた枚数分印刷した。
ガシャコンガシャコン、と印刷機が大量の紙を吐き出すのを眺め。
ようやく印刷が全部終わると、完成したアンケート用紙をまとめた。
「おー、凄い凄い。良い感じに出来てるじゃん」
「はい。…改めて確認しましたが、誤字脱字もありません。星ちゃんさん、ありがとうございました」
いやいや。
「私入力しただけだから。ほぼ結月君の功績だよ」
「?でも、僕がやったら、多分あと2時間はかかってたと思うので…」
それは遅過ぎるね。
「だから、代わってくれてありがとうございました」
「い、いや…。良いのよ、そんなの気にしなくて…」
そんな、改めて頭を下げるようなことじゃないって。
真面目にも限度ってものがあるでしょ。
結月君がフォーマット作ってくれてなかったら、もっと時間かかってただろうし。
お互い様だよ。
「アンケート係は二人一組なんだから、二人で協力して頑張ろうよ」
あれだけ面倒臭がってたお前が言うか、って思われそうだけど。
こればかりはお互い様なんだからさ。
折角二人いるんだから、二人いる利点を活かそう。
「…そうですね。分かりました」
「あとは、これを当日に配るだけだね」
「はい…。でも、回収ボックスの準備や、筆記用具の準備もありますよ」
あぁ、そうだった。
アンケート用紙紙だけ完成させても、まだ不充分なんだっけ。
そういうところに頭が回るから、結月君は偉いよ。
私一人だったら、とっくに崩壊してたでしょうね。
「当日までに用意しましょう」
「そうね」
結月君がパートナーで、正直最初はげんなりしてたけど。
むしろ、結月君が相棒で良かった。
これが海咲や正樹だったら、前日まで放置して、当日てんてこ舞いするところだったよ。
お互い怠惰だもんなぁ。
今ばかりは、結月君の生真面目さに助けられた。
相棒がしっかりしてると、これほどスムーズに事が進むとは…。
一見頼りないように見えるけど、意外としっかりしてるんだよね、結月君って。
そして、私達の準備はスムーズに進み。
何事もなく、文化祭当日を迎えた。
一年Bクラスのダンス発表は、午前に2回、午後に2回の計4回行われる。
私達アンケート係は、発表の度に教室の出入り口に立って、アンケート用紙と筆記用具を配り。
発表が終わると、また出入り口に立って、回収ボックスに用紙を入れてもらう。
アンケート用紙を集め終わったら、今度は別室の空き教室に移動。
ボックスに集められたアンケート用紙を開いて、その結果を集計し、表にまとめる。
ここまでが、アンケート係の仕事である。
…思ったより大変だよ。
それを、二人きりでやるんだから。
発表と発表の合間に、私自身も文化祭を回って遊びたい、と思ってたのに。
それが出来る暇、あるのかなぁ?
ダンスグループのメンバーは、午前2回、午後2回の発表の他には何もしなくて良いので。
発表5分前に集まって、発表して、それが終わったらあとは自由だそうだ。
海咲と真菜が言ってた。
だから二人は、発表の合間に屋台巡りをするらしいよ。
あぁ、羨ましい。
私達裏方仕事には、遊ぶ暇もないのか。
いや、そんなことはない。
だって、同じ裏方仕事の隆盛は、ステージ設営の仕事が終わったらあとは自由らしいし。
…滲み出る不平等感。
もしかして、いや、もしかしなくても。
アンケート係って、かなりの貧乏くじなのでは?
事前の準備も必要だし、当日もほぼ休みなく働き詰めって。
…あぁ、切ない。
高校生の文化祭なんて、貴重な青春の1ページじゃない。
その大事な青春の1ページを、まさかアンケート用紙に囲まれながら過ごすなんて。
やっぱり貧乏くじだ。
とは思っても、逃げる訳にはいかないし。
仕方なく、私は憂鬱な気分で登校した。
周囲の生徒達が、文化祭の盛り上がった空気に浮かされているのが分かって。
それがまた羨ましかった。
良いなー。私も、去年はあんな感じだったんだろうに。
今年はこの有様だよ。
はー。
内心、特大の溜め息をつきながら。
私は悲しくも、本日一日…アンケート用紙に囲まれながら過ごします。
誰か同情してください。
こんな日に空き教室にこもって、紙に囲まれて黙々と作業してるのなんて、私と結月君くらいだよ、きっと。
午前、記念すべき一回目の発表前。
お客さんが入ってくる前に、私はステージが設営された教室を見に行った。
いつもの教室とは思えないほど、様変わりしている。
教壇は、照明をいっぱいつけた華やかなステージに変わり。
机は全部取り払われて、代わりに観客が座るパイプ椅子が並んでいる。
華やかなのは、ステージだけではない。
窓や壁も、紙テープやステッカーなんかで飾り付けられて、いかにもダンスステージって感じ。
全体的にポップな印象で、見ているだけでも楽しくなってくる。
やっぱり文化祭はこうじゃなくちゃね。
これ、ステージ設営担当の隆盛が主導で飾り付けしたらしいよ。
さっすが。センスある〜。
更に。
「あ、海咲。真菜」
「おっ、星ちゃんだ」
「やっほ〜」
本番を前にして、ダンス担当の真菜と海咲は、二人共それぞれ華やかな衣装に身を包んでいた。
真菜はブルーの、海咲はオレンジの衣装だ。
特に海咲の衣装は、スパンコール付きのきらきら光るリボンが、胸元にくっついている。
ちょっと動く度に、スパンコールのきらきらと長いリボンがひらひら揺れて、めちゃくちゃ可愛い。
何処で用意したのよ、そんな衣装。
「二人共、衣装可愛いじゃん。良いなぁ〜」
私もそんな衣装着て踊りたかった。
私なんて制服だよ、いつもの。
せめて衣装だけでも、ダンス組とお揃いが良かった。
それに髪型も。
二人共、ヘアアイロンで髪をくるくる巻いている。
そこに、衣装とお揃いのリボンやヘアピンで留めていて、めちゃくちゃ可愛い。
メイクだって決まってるし、耳にはお揃いのイヤリングも光っている。
靴は、体育のとき使うスニーカーだけど。
いつものスニーカーじゃなくて、シールとスパンコールで飾ってあって、動く度にきらきら光っている。
完璧過ぎる。
頭のてっぺんから爪先まで、一部の隙もない。
私なんて、普段授業受けてるときとなんら変わらない格好だよ?
この落差の激しさよ。
悲しくなってくるよね。
それなのに。
「でしょ〜?衣装、めっちゃ気合い入れたから」
「髪型もね。朝イチで皆集まって、お互いヘアアイロンで巻き合ったんだ〜」
二人共、この可愛い衣装に大はしゃぎ。
そりゃそうなるよね。
しかもこの後、この華やかなステージでダンスを披露するんだもんね。楽しみに決まってるよね。
私なんて、本番が始まってもアンケート用紙を配るだけだよ?
「アンケートにご協力お願いします」って言いながら。
ちょっとくらい、私に気を遣ってよ。
「良いなぁ、二人共…」
「そっか。星ちゃん裏方だもんね」
「しかも、本番の時間以外、ずーっと空き教室で三珠クンと一緒なんだもんね」
「それはキツいわ…」
それを言わないでって。
現実を突きつけられて、余計落ち込むでしょ。
「元気出して、星ちゃん」
そう言われて、そんなに簡単に元気が出るなら、ハナから落ち込んだりしないわよ。
「そうそう。後でほら、差し入れ持っていくからさぁ」
と、真菜が慰めるように言ってくれた。
「ありがと…」
とは言ってみたものの。
二人共良いよね。可愛い衣装着られて、楽しくダンス踊って、それを観客に見てもらって、拍手喝采浴びて。
おまけに、本番の合間を縫って、他のクラスの出し物を見に行く時間まであるんだから。
私なんていつもの制服姿で、空き教室に引きこもって。
アンケート用紙を、黙々と集計するしかやることがないのよ。
しかも、ペアの相手が仲良しのクラスメイトならともかく。
あの結月君よ?
そりゃ結月君は今、私の彼氏ではあるけど。
当然のごとく、本命の彼氏ではないんだから。
つまんないどころじゃない。
私を差し置いて、二人して文化祭エンジョイしてんじゃないわよ。
全然エンジョイ出来ない人だっているのよ。私みたいにね。
そう思うと、この不平等さに涙が出そう。
去年は楽しかったのになぁ。
何で今年はこんな目に。
って、私のくじ運のなさが、全ての原因な訳で。
誰を恨むことも出来ない。強いて言うなら、自分のくじ運のなさを恨むしかないのが辛いところ。
どうせ、最近の私は全然ツイてないわよ。
あんな罰ゲームを受けさせられてるって時点で、ツイてないにも程があるわ。
「お、そろそろお客さん入ってきたよ」
「本当だ。私達、舞台袖に行かないと」
はいはい。華やかな今日の主役のお二人はそろそろ出番ですね。
そうすると。
「私も…アンケート用紙、配ってくるわ…」
お客さんが入ってきたってことは、私の仕事が始まるってこと。
そう、アンケート用紙と筆記用具を配る、という仕事が。
「頑張ってね、二人共…」
「あはは。星ちゃんも頑張ってね〜」
皮肉にしか聞こえないわよ。全くもう。