うわー…凄い。
こんな本格的なお弁当、初めて見たかも。
うちのお母さんのお弁当、結構いい加減だからなぁ。
お母さん本人も、お弁当作るの好きじゃないみたいだから。
大抵私のお昼ご飯は、学食かコンビニのお弁当か、購買で買ったパンのどれかだ。
だから、手作りのお弁当を見るのは…小学校の遠足以来、かな?
それだけでも、充分新鮮に見えるのに。
こんなに本格的なお弁当は、余計眩しく見える。
凄く美味しそう。
お弁当箱には、色とりどりのふりかけで彩ったおにぎりを始め。
綺麗な形の出汁巻き卵、ミートボール、ブロッコリーのサラダ、飾り切りしたウインナー等々、色んなおかずが入っていた。
れんこんとか、飾り切りしてある上にピンク色なんだけど、これどうやって色付けてるんだろう?
そもそも、飾り切りした食材が入ってること自体が凄いと思う。
うちのお母さんは不器用だから、飾り切りなんてしたことない。
私自身は、料理なんて全然しないし。
え?女子力低い?
自覚はしてる。けど、料理にはなかなか手が出ない。
手作りのお弁当なんて、考えたことすらなかった。
これだけお弁当作るの上手なお母さんだったら、そりゃ頼むよね。
おにぎり一つ取っても、凄く色鮮やかで綺麗だし…。
あんまりお腹空いてなかったけど、これ見てたら、何だか急にお腹空いてきちゃった。
我ながら現金だぞ、私。
「どうぞ、遠慮なく」
と、結月君がお弁当を勧めてくれた。
「ありがと。じゃあいただきます」
私は、まずピンク色のふりかけがかかったおにぎりを一つ、紙皿の上に乗せた。
美味しそう。
いざ、実食。
もぐもぐ。
「…美味しい…!」
と、私は素直に口に出した。
私の食レポなんて、精々素人のそれだけど。
何て言うか、塩加減が丁度良いし、刻んだカリカリの梅干しが入ってて、ちょっと酸っぱさを感じるのがまた良い。
おにぎりの中には、ほぐした鮭の身がたっぷり入っている。
秋の味覚だ。美味しい。
それから、おかず。
ミートボールを一つ、もらって食べてみた。
もぐもぐ。
…何これ。こっちも超美味しい。
何だかふわふわした食感。あっさりしてて、いくらでも食べられそう。
「そうですか、良かったです」
と、結月君は嬉しそうに言った。
結月君が嬉しそうにしてるの、初めて見たかも。
「星ちゃんさん、出汁巻き卵好きだって言ってましたよね。良かったら、どうぞ」
「あ、うん。ありがとう。もらうね」
私が出汁巻き卵好きだって言ったの、覚えてたんだね。
それで、わざわざお弁当に入れるよう、お母さんに頼んでくれたのか。
しかも、超綺麗なんだけど。鮮やかな黄色で、形もお店で売ってるみたいに整ってる。
どうやったら、こんなに綺麗に作れるんだろう。
よっぽどご飯作り慣れてるんだろうなぁ。
しかも、味。
「…めっちゃ美味しい…」
「そうですか。良かったです」
こんな美味しい出汁巻き卵、初めて食べたかも。
「凄いね、結月君のお母さん…。こんなに料理上手なお母さんがいるなんて、羨ましいよ」
「え?あ、いや。これ僕が作ったんです」
…え?
今、結月君…何て言った?
あまりにびっくりして、食べる手が止まってしまった。
…作ったの自分だって、今言わなかった?
「え…。ほ、本当に…?結月君が作ったの?これ…」
「はい」
はいって、そんなあっさり頷くの。
「て、手伝ったとかじゃなくて?イチから?全部?」
お母さん一人に任せるのは忍びないから、結月君も手伝った、っていうオチじゃなくて?
まさか、結月君がこれ全部一人で作ったとかじゃなくて、
「あ、はい…。全部自分で作りました。今朝…早起きして」
えぇぇぇぇぇ。
と、思わず声が出そうになった。
ついでに、口の中の出汁巻き卵を吹き出すところだった。
危ない危ない。
でも、それくらいびっくりした。
慌てて出汁巻き卵を飲み込んで、そして。
「じ、自分で作ったのこれ?嘘、結月君こんなに料理得意だったの…!?」
めちゃくちゃ意外過ぎる特技なんだけど。
「得意ってほどじゃないですけど…」
何謙遜してるの。
これだけ作れたら、得意なうちに入るわよ。しかも高校生で。
結月君は、本気で調理学校を目指すべきだと思う。
「…まぁ、普段からよく料理は作るので、慣れてはいます」
と、結月君は言った。
な、何その、意外過ぎる特技。
知らなかったよ。今日がなかったら、多分一生知らなかったと思う。
結月君が、こんなに料理が得意だったなんて。
女子力高過ぎるでしょ。
その辺女子(私を含む)より、余程女子力高いよ。
結月君のお母さん、普段料理作らないのかな。
「じ、じゃあ、普段の料理も、結月君が作ってるの?」
「えぇ、まぁ大体…」
それも初めて知ったよ。
でも、そういえば家で料理してるって言ってたね。ここまで本格的だとは。
「学校に持ってくるお弁当も、自分で毎朝作ってます」
それも初めて知ったよ。
お弁当を自分で作ってくるなんて、偉過ぎる。
なかなかいないよ。高校生で、男の子で、毎日自分でお弁当作ってくる人なんて。
少なくとも、私の周りにはいない。聞いたこともない。
お弁当がないなら、学食かコンビニで済ませる人の方が、圧倒的多数だから。
「え、偉いね…」
「…?そうですか?」
そんな不思議そうに首を傾げなくても、君は偉いよ。
地味な見た目だけど、やってることは偉かった。
何だか、この女子力の高さだけで、結月君を見る目が変わりそうだよ。
「さすが…いつも作ってるだけあって、作り慣れてるね…」
熟練の味がするよ。
一端の主婦だよ君。
良い奥さんになれ、良い旦那さんになれるよ。
まぁ、その服装じゃ、結婚までの道のりは遠そうだけどさ。
「そうでもないですよ。出汁巻き卵は、これまで作ったことなかったんです。星ちゃんさんが好きだって言ってたから、ちょっと練習して…」
ちょっと練習しただけで、こんなに上手くなるものなの?
多分、元々卵焼き作るの上手だったんだろうなぁ。
「美味しかったなら良かったです。早起きして作ってきた甲斐がありました」
と、言って。
結月君は嬉しそうに微笑んだ。
…君、まともに笑うところ初めて見たけど。
意外と、笑顔は素敵なのね。
もうちょっと見た目に気を遣ったら、かなり垢抜けるんだろうに。
出汁巻き卵の努力は怠らないのに、どうしてお洒落の方の努力は怠るのか。
自分の見た目には頓着しないのかな。
私はむしろ、そういう見た目こそ気を遣いたいけど。
…でも、まぁ。
何にせよ、特技があるのは良いことだ。
結月君の隠れた長所が明らかになった。
それだけでも、今日は収穫だったな。
…それにほら、美味しいお弁当食べられたし。
「フルーツサンド、っていうのも好きだって言ってたから、作ろうかなとも思ったんですけど…。それは次回で良いですか?」
「あ、うん…。無理しなくて良いよ」
なんか、あれだね。君律儀だね。
チョコレートをカカオ豆から作って!って頼んだら、努力はしてくれそうだね。
長所なんだか、短所なんだか…。
ひとまず、お弁当は凄く美味しかったです。
その後、もう少し二人でコスモス畑と、自然公園の噴水を眺めて。
ほぼ半日かけて自然を満喫してから、この日はお開きになった。
こうして、私の記念すべき(?)結月君との初デートは無事に終了したのだった。
…不思議なことに、思ってたよりは、話題に困らなかった印象。
学校にいる間は、決して知る由もなかった…結月君の長所を知ることが出来て。
図らずも、ちょっと得した気分になった。
週末明けの、月曜日。
学校に着くなり、私は真菜と海咲に質問攻めにされた。
「星ちゃ〜ん。どうだった?」
「え?どうだったって?」
挨拶より前に、いきなりどうだった、って。
「決まってるじゃん。初デートの感想だよ、初デート」
初デート…あぁ。
土曜日の、結月君とのデートのことね。
「映画館行ったんでしょ?楽しかった?」
「ってか、あの三珠クンと話続いた?」
「三珠クンって私服どんな感じなの?」
「映画は何観たの?」
二人して、押しが強いって。
「はいはい、ちょっと待ってよ。話す、話すから」
私は鞄を机の横にかけて、席に着いた。
まずは、デートの行き先の話からしなきゃならないよね。
「それがね…。映画館行く予定だったけど、急遽変更になったの」
「え?何で?」
「事前に映画館行こうって言ってなかったせいなんだけど…。行き先、自然公園になった」
「えぇぇぇ!?何で?」
何でかなんて、私が聞きたいわよ。
まぁ、さっきも言った通り、私が事前に言ってなかったせいなんだけど。
「自然公園でコスモス畑見てたわ」
「何それ〜!つまんなさそう」
って思うよね。聞いただけだったら。
私だって、最初自然公園に行こうって言われたときはそう思ったよ。
「それ、三珠クンが提案したの?」
「当たり前じゃん」
私からそんなところには誘わないよ。
そもそも、選択肢の一つにも入ってなかった。
思いもよらないデートスポットだったんだから。
「服は?三珠クン何着てた?超ダサTシャツとか?」
「いや…。なんか和柄の上着とシャツ着てて…」
「何それ…?さすが三珠クン。センスない」
海咲も真菜も、けらけら楽しそうに笑っていた。
二人共、他人事だと思ってさぁ。
でも…これだけは言っておく。
「コスモス畑は、普通に綺麗だったんだよ。それに、結月君がお弁当作ってきてくれてて。それがびっくりするほど美味しくて…」
「自然公園って。お花畑デートとか。さすが三珠クン」
「よく頑張ったね〜星ちゃん。キツかったでしょ、よしよし偉いね〜」
と、真菜に頭を撫でられた。
ちょっと。話聞いてよ。
結月君の意外な特技が明らかになって。出汁巻き卵が美味しかったんだってことを、ちゃんと…。
「頑張った星ちゃんに、今日の学食は奢ってあげるよ」
「え、あ、うん…」
キツかった…とか、頑張った…とか言うけど。
振り返ってみれば、意外とそうでもなかった…ような。
気がしたけれど。
二人が労ってくれるものだから、私はそのまま、流されるまま曖昧に笑っておいた。
―――――初デートが無事に終わった数日後。
その日のホームルームは、翌々週に迫った学校行事について。
クラスの出し物と、それらを担当する役割担当を決めることになった。
どんな学校行事かって?
そんなの決まってる。
皆楽しみな、学校の一大イベント。
そう、文化祭である。
私の通う私立星屑学園の文化祭では。
各文化部が、各々日頃の練習の成果を発揮する、発表の場を設けると共に。
文化部に所属していない、運動部や帰宅部の生徒を中心に、各クラスごとで出し物を行う。
焼きそばやヨーヨー釣りなんかの屋台を出したり。
あるいは、教室でお化け屋敷やカフェを開いたりね。
去年の私のクラスは、確か教室内で迷路を作って、子供達に大好評だった。
あれは楽しかったなぁ。
で、今年は何をするか、だけど。
話し合いの結果。
私の一年Bクラスは、運動部の生徒を中心に、ダンスを披露することに決まった。
いかにも楽しそう。
他にも、フレンチトーストのお店をやろうとか、ドリンクのお店をやろうとか、そんな意見も出ていた。
男子達は、って言うか正樹達は、激辛たこ焼きの屋台をやりたい、なんてまたアホなこと提案したりしてて。
それはそれで面白そうではあったのだけど。
隣のAクラスが、喫茶店をやるって話だったから。
うちのクラスまで食べ物系にしちゃうと、お互い潰し合っちゃうかもしれない。
そういう配慮がもとになって、食べ物系は今回は断念。
じゃあ、イベント系をやろうって話になって。
そこで、クイズ大会とか、ファッションショーとか、色々意見は出たけれど。
結局多数決で、ダンスに決まった。
…で、役割分担だけど。
ダンスなんだから、当然踊る人は必要。
それだけじゃなくて、音源を用意する人や、ステージのセットを担当する人。
衣装係や、証明係も必要。
何なら、宣伝の為のチラシ作り担当も必要。
鑑賞無料なので、お金のやり取りをすることはないけれど。
ダンスが終わった後、観客にアンケート調査をしようということで、そのアンケート調査担当係も決めなきゃならない。
当然、皆やりたいのは踊る係。
だって、踊るだけで良いんだもん。
それだけじゃなくて、ダンスを皆の前で披露するなんて、考えただけで楽しそうじゃん。
是非とも踊るグループに入りたい。
しかし。
私達のクラスでは、公平を期す為。
全ての役割を、あみだくじで決めることになっていた。
つまり、希望する役割に就けるかどうかは、完全に運任せってこと。
そりゃあね、全員が希望通りの役割に就けるなら、皆踊りたいに決まってるんだから。
音響とか証明とかチラシ配りとか、他の係をやる人がいなくなってしまう。
そこで、あみだくじで決めようということになった。
そして、この運命のあみだくじが。
何の因果か、私に悪戯をすることになったのだ。
…正直、またか、って気分だった。
先にくじを引いた真菜と海咲は。
「おっ、やったー!私、踊り第1グループだって」
と、真菜。
羨ましい。
「あ、私は踊りの第3グループだわ」
と、海咲。
こっちも羨ましい。
踊りのグループは5〜6人で1グループ、それが第1から第3の、計3グループで行う。
つまり、踊る人は15人くらい。
他の雑用が、合わせて10人くらいだから…。
一応、踊りのグループに配属される確率の方がちょっと高いってことになる。
まぁ、ほぼ半々ではあるけど。
そして真菜と海咲は、見事踊りのグループに配属された。
私もそっち側に行きたい。
更に。
「お、俺も踊る方だわ。第1グループだ」
と、正樹。
あんたも大概、運が良いわよね。
で、いざ私の番。
クラス委員が私の前に来て、あみだくじの結果を開いてみせた。
「星野さんは…はい、アンケート係ね」
「…」
もうね。
運命の女神様、最近私に対して悪戯が過ぎない?
これくらいなら良いでしょwみたいなノリで、私に貧乏くじ押し付けてるよ、きっと。
これくらいなら良いでしょ、じゃないの。
良くないわよ。
「あはは。星ちゃんお疲れ〜」
「今年は運がなかったね」
海咲と真菜の、慰めの言葉が切ない。
そりゃ良いわよ、あなた達は勝ち組だもん。
せめて音響ならまだマシだったのに。
アンケート係なんて、思いっきり裏方仕事どころか。
ステージを見ることもないじゃない。ひたすらアンケート用紙を配って、集めて、集計するだけ。
泣けるよ、いっそ。
「元気出せよ、星野。俺もステージ設営担当だから」
と、隆盛が言った。
そうなんだ。隆盛も踊りのグループからは外れたのね。
ステージ設営とは。力仕事ね。
アンケート調査なら、力仕事は任せられることはないから、その点は安心だけど…。
「確かアンケート係って、もう一人いたわよね」
「あぁ。確か二人一組だ」
「へぇ、じゃああと一人は誰にな、」
と、言いかけたそのとき。
「はい、三珠君は…アンケート調査係ね」
「あ、はい分かりました…」
と、いう。
クラス委員と結月君の声が聞こえてきて、撃沈。
…運命の女神様。
これくらいなら良いでしょ、の幅が、あまりにも広過ぎない?
…と、そんな訳で。
二人でアンケート係、宜しく。
ダンスグループが、楽しげに楽曲を決めている間。
私は結月君と二人で、机を向かい合わせて。
アンケート用紙の準備を始めていた。
…何が嬉しくて、こんなことに。
「アンケートって…どんなこと聞けば良いんですかね。満足度とか…?」
「…そうね…」
テンションが上がらない。
全ッ然、テンションが上がらないよ。
向こうで真菜や海咲や正樹が、キャッキャしながらダンスの話してるのがチラチラ聞こえてくるから、余計に。
あー、私もあっちに混ざれたら…どんなに良かったか…。
寄りにも寄って、何で結月君と二人なの…。
「質問項目は5つくらいにしましょうか…。あんまり質問項目が多いと、面倒臭がってアンケートに協力してくれないかもしれませんし」
「…うん、そうね…」
「5つ目は、空欄にして…何か意見のある人だけ書いてもらうことにして…」
「…うん…」
「最初の4問は…満足度を間隔尺度で聞いて…。点数で表したら、分かりやすいんじゃないでしょうか」
「…そうね…」
「5段階で表すのは…多いですかね。3段階にしましょうか。満足3点、普通2点、不満1点、みたいな感じで…」
「…んー…」
「…」
ずっと、結月君の話に生返事を返していると。
結月君はいきなり無言になって。
私のことを、じっと見つめていた。
しばらく、その視線に気づかなかった。
ふと前を見たら、結月君の視線に気づいてビクッとした。
びっくりした。
な、何でこっち見てるの。
「ど、どうしたの?」
「…つまらないですか?」
は?
「つまらないですか、僕と二人でアンケート係なんて…。やっぱり、ダンスのグループに入りたかったんですよね」
やば、見透かされてる。
そ、そういう言い方されると…何だか私が我儘みたいじゃない。
「そ、そんなことないよ。ちょっと…ボーッとしてただけだから」
と、一生懸命否定してみる。
が。
結月君は、ちゃんと分かっているようで。
「でも、誰かがやらなきゃならない仕事ですから。今年は仕方ないと思って、与えられた役割をちゃんとこなしましょう」
「…はい…」
…説き伏せられちゃった。
君って、本当真面目だなぁ…。
アンケート係なんてつまんないよね、適当にやってしまおう、と言ってもバチは当たらないと思うよ。
…とはいえ。
結月君の場合、むしろダンスグループより、アンケート係みたいな裏方仕事の方が好きなのかも。
結月君がダンスなんて、全然似合わないもんね…。