…コスモス畑を見た後。

遊歩道を半周ほどして、私は既にくたびれていた。

我ながら体力ないなぁと思うけど、普段こんなに歩くことなんてないから。

思えば私、移動はいつもバスか電車か、あるいは家族に車で送ってもらうばっかりで。

自分の足で歩くことって、そんなにないんだよね。

これでも一応運動部に所属してはいるものの、ゆるーい部活だから、練習よりお喋りしてる時間の方が長いし…。

いきなり、こんな広々とした遊歩道を歩かされたら。

明日は筋肉痛間違いなしだな。

あぁ、嫌だ。

すると、結月君が。

「…星ちゃんさん、疲れました?」

と、聞いてきた。

え。

私、疲れた顔してた?

「そろそろ休みましょうか。そこにベンチがありますから」

「う、うん…ありがと」

私が疲れてることに、気づいてくれた?

いや、偶然だろう。

あるいは、結月君自身が疲れただけかもしれない。

私達は、噴水の見えるベンチに並んで座った。

はぁ、疲れた。

それから、喉が渇いた。

何か飲み物でも買ってこよう。

「自販機ないかな…。ちょっと飲み物でも買って、」

「あ、僕お茶持ってきてますよ」

と、結月君は風呂敷包みの中から、大きな水筒を取り出した。

…準備が良いね。

でも何だろう。なんかこう…貧乏臭い気がするの。

水筒にお茶持参って…。

そんなの、出先で自販機探せば良いじゃん。

まぁ、そういうときに限って、自販機が見つからないのはあるあるだけど。

だからって、水筒を持参する人は初めて見た。

小学校の運動会以来じゃないかな。

「ほうじ茶なんですけど、好きですか?」

「う、うん…好きだよ…」

ほうじ茶ラテとか…たまに読むよ。

ただのほうじ茶は、なかなか飲まないけどね。

しかも、熱々のほうじ茶。

ちょっと寒くなってきたとはいえ、熱々のお茶を持ってくるとは。

本当に結月君、中身おじいちゃんなんじゃないの?

くれるって言うんだから、拒否することは出来ないけど…。
ほうじ茶を一口飲んで、ほっと一息つく。

思いの外美味しかった。

家で飲んでるお茶より、全然美味しい。

何が違うんだろう?

良いお茶っ葉使ってるのかなぁ。

って、そこだけこだわっても…。

こだわるなら、もっと…自分の見た目とかにこだわろうよ。

お茶にこだわるなんて、お年寄りじゃないんだから。

まぁ、もらっておいて文句言うのは失礼かもしれないけど。

でも、何だろう。

凄くこう…所帯染みてる感が否めない。

すると。

「折角ですから、もうお昼にしますか?ちょっと早いですけど」

「あ、うん…そうだね」

と、私は返事をした。

さっさとお昼食べて、さっさとお開きにしたいもんね。

正直、そんなにお腹は空いてないんだけど。

早く食べて早く帰ろう。

しかし、お弁当か…。

物凄く意外なんだけど…やっぱり、結月君のお母さんが作ってくれたのかな?

何て説明して、作ってもらったんだろ。

まさか「今日彼女とデートだからお弁当作って」って、馬鹿正直に頼んだんじゃないよね?

どうせ三ヶ月で別れるんだから、親を巻き込むのはやめて欲しいんだけど。

うぅ、想像しただけで寒気が…。

「星ちゃんさん、割り箸どうぞ」

「あ、うんありがと…」

「それとこれ、お手拭き」

結月君は、ご丁寧に温めたお手拭きを手渡してきた。

そこはさぁ…個包装のウェットティッシュとかで良くない?

まさか、本物の、布のお手拭きを持ってくるなんて…。

しかも、ちゃんと温かい。

マメなんだか、単に貧乏臭いんだか…。

「どうぞ。…残しても良いですから、好きなの食べてください」

「あ、ありがとう」

どぎまぎしながら返事をして、結月君が広げてくれたお弁当箱の中を見ると。

…ちょっとびっくりした。

お弁当箱の中身が、彩りも綺麗で、予想以上に凄く美味しそうだったから。

貧乏臭いと思っていたのが、一転。

お店に頼んだ、お花見弁当を届けてもらった気分。
うわー…凄い。

こんな本格的なお弁当、初めて見たかも。

うちのお母さんのお弁当、結構いい加減だからなぁ。

お母さん本人も、お弁当作るの好きじゃないみたいだから。

大抵私のお昼ご飯は、学食かコンビニのお弁当か、購買で買ったパンのどれかだ。

だから、手作りのお弁当を見るのは…小学校の遠足以来、かな?

それだけでも、充分新鮮に見えるのに。

こんなに本格的なお弁当は、余計眩しく見える。

凄く美味しそう。

お弁当箱には、色とりどりのふりかけで彩ったおにぎりを始め。

綺麗な形の出汁巻き卵、ミートボール、ブロッコリーのサラダ、飾り切りしたウインナー等々、色んなおかずが入っていた。

れんこんとか、飾り切りしてある上にピンク色なんだけど、これどうやって色付けてるんだろう?

そもそも、飾り切りした食材が入ってること自体が凄いと思う。

うちのお母さんは不器用だから、飾り切りなんてしたことない。

私自身は、料理なんて全然しないし。

え?女子力低い?

自覚はしてる。けど、料理にはなかなか手が出ない。

手作りのお弁当なんて、考えたことすらなかった。

これだけお弁当作るの上手なお母さんだったら、そりゃ頼むよね。

おにぎり一つ取っても、凄く色鮮やかで綺麗だし…。

あんまりお腹空いてなかったけど、これ見てたら、何だか急にお腹空いてきちゃった。

我ながら現金だぞ、私。

「どうぞ、遠慮なく」

と、結月君がお弁当を勧めてくれた。

「ありがと。じゃあいただきます」

私は、まずピンク色のふりかけがかかったおにぎりを一つ、紙皿の上に乗せた。

美味しそう。

いざ、実食。

もぐもぐ。

「…美味しい…!」

と、私は素直に口に出した。

私の食レポなんて、精々素人のそれだけど。

何て言うか、塩加減が丁度良いし、刻んだカリカリの梅干しが入ってて、ちょっと酸っぱさを感じるのがまた良い。

おにぎりの中には、ほぐした鮭の身がたっぷり入っている。

秋の味覚だ。美味しい。

それから、おかず。

ミートボールを一つ、もらって食べてみた。

もぐもぐ。

…何これ。こっちも超美味しい。

何だかふわふわした食感。あっさりしてて、いくらでも食べられそう。

「そうですか、良かったです」

と、結月君は嬉しそうに言った。

結月君が嬉しそうにしてるの、初めて見たかも。

「星ちゃんさん、出汁巻き卵好きだって言ってましたよね。良かったら、どうぞ」

「あ、うん。ありがとう。もらうね」

私が出汁巻き卵好きだって言ったの、覚えてたんだね。

それで、わざわざお弁当に入れるよう、お母さんに頼んでくれたのか。

しかも、超綺麗なんだけど。鮮やかな黄色で、形もお店で売ってるみたいに整ってる。

どうやったら、こんなに綺麗に作れるんだろう。

よっぽどご飯作り慣れてるんだろうなぁ。

しかも、味。

「…めっちゃ美味しい…」

「そうですか。良かったです」

こんな美味しい出汁巻き卵、初めて食べたかも。

「凄いね、結月君のお母さん…。こんなに料理上手なお母さんがいるなんて、羨ましいよ」

「え?あ、いや。これ僕が作ったんです」

…え?
今、結月君…何て言った?

あまりにびっくりして、食べる手が止まってしまった。

…作ったの自分だって、今言わなかった?

「え…。ほ、本当に…?結月君が作ったの?これ…」

「はい」

はいって、そんなあっさり頷くの。

「て、手伝ったとかじゃなくて?イチから?全部?」

お母さん一人に任せるのは忍びないから、結月君も手伝った、っていうオチじゃなくて?

まさか、結月君がこれ全部一人で作ったとかじゃなくて、

「あ、はい…。全部自分で作りました。今朝…早起きして」

えぇぇぇぇぇ。

と、思わず声が出そうになった。

ついでに、口の中の出汁巻き卵を吹き出すところだった。

危ない危ない。

でも、それくらいびっくりした。

慌てて出汁巻き卵を飲み込んで、そして。

「じ、自分で作ったのこれ?嘘、結月君こんなに料理得意だったの…!?」

めちゃくちゃ意外過ぎる特技なんだけど。

「得意ってほどじゃないですけど…」

何謙遜してるの。
 
これだけ作れたら、得意なうちに入るわよ。しかも高校生で。

結月君は、本気で調理学校を目指すべきだと思う。

「…まぁ、普段からよく料理は作るので、慣れてはいます」

と、結月君は言った。

な、何その、意外過ぎる特技。

知らなかったよ。今日がなかったら、多分一生知らなかったと思う。

結月君が、こんなに料理が得意だったなんて。

女子力高過ぎるでしょ。

その辺女子(私を含む)より、余程女子力高いよ。

結月君のお母さん、普段料理作らないのかな。

「じ、じゃあ、普段の料理も、結月君が作ってるの?」

「えぇ、まぁ大体…」

それも初めて知ったよ。

でも、そういえば家で料理してるって言ってたね。ここまで本格的だとは。

「学校に持ってくるお弁当も、自分で毎朝作ってます」

それも初めて知ったよ。

お弁当を自分で作ってくるなんて、偉過ぎる。

なかなかいないよ。高校生で、男の子で、毎日自分でお弁当作ってくる人なんて。

少なくとも、私の周りにはいない。聞いたこともない。

お弁当がないなら、学食かコンビニで済ませる人の方が、圧倒的多数だから。

「え、偉いね…」

「…?そうですか?」

そんな不思議そうに首を傾げなくても、君は偉いよ。

地味な見た目だけど、やってることは偉かった。

何だか、この女子力の高さだけで、結月君を見る目が変わりそうだよ。
「さすが…いつも作ってるだけあって、作り慣れてるね…」

熟練の味がするよ。

一端の主婦だよ君。

良い奥さんになれ、良い旦那さんになれるよ。

まぁ、その服装じゃ、結婚までの道のりは遠そうだけどさ。

「そうでもないですよ。出汁巻き卵は、これまで作ったことなかったんです。星ちゃんさんが好きだって言ってたから、ちょっと練習して…」

ちょっと練習しただけで、こんなに上手くなるものなの?

多分、元々卵焼き作るの上手だったんだろうなぁ。

「美味しかったなら良かったです。早起きして作ってきた甲斐がありました」

と、言って。

結月君は嬉しそうに微笑んだ。

…君、まともに笑うところ初めて見たけど。

意外と、笑顔は素敵なのね。

もうちょっと見た目に気を遣ったら、かなり垢抜けるんだろうに。

出汁巻き卵の努力は怠らないのに、どうしてお洒落の方の努力は怠るのか。

自分の見た目には頓着しないのかな。

私はむしろ、そういう見た目こそ気を遣いたいけど。

…でも、まぁ。

何にせよ、特技があるのは良いことだ。

結月君の隠れた長所が明らかになった。

それだけでも、今日は収穫だったな。

…それにほら、美味しいお弁当食べられたし。

「フルーツサンド、っていうのも好きだって言ってたから、作ろうかなとも思ったんですけど…。それは次回で良いですか?」

「あ、うん…。無理しなくて良いよ」

なんか、あれだね。君律儀だね。

チョコレートをカカオ豆から作って!って頼んだら、努力はしてくれそうだね。

長所なんだか、短所なんだか…。

ひとまず、お弁当は凄く美味しかったです。
その後、もう少し二人でコスモス畑と、自然公園の噴水を眺めて。

ほぼ半日かけて自然を満喫してから、この日はお開きになった。

こうして、私の記念すべき(?)結月君との初デートは無事に終了したのだった。

…不思議なことに、思ってたよりは、話題に困らなかった印象。

学校にいる間は、決して知る由もなかった…結月君の長所を知ることが出来て。

図らずも、ちょっと得した気分になった。








週末明けの、月曜日。

学校に着くなり、私は真菜と海咲に質問攻めにされた。

「星ちゃ〜ん。どうだった?」

「え?どうだったって?」

挨拶より前に、いきなりどうだった、って。

「決まってるじゃん。初デートの感想だよ、初デート」

初デート…あぁ。

土曜日の、結月君とのデートのことね。

「映画館行ったんでしょ?楽しかった?」

「ってか、あの三珠クンと話続いた?」

「三珠クンって私服どんな感じなの?」

「映画は何観たの?」

二人して、押しが強いって。

「はいはい、ちょっと待ってよ。話す、話すから」

私は鞄を机の横にかけて、席に着いた。

まずは、デートの行き先の話からしなきゃならないよね。

「それがね…。映画館行く予定だったけど、急遽変更になったの」

「え?何で?」

「事前に映画館行こうって言ってなかったせいなんだけど…。行き先、自然公園になった」

「えぇぇぇ!?何で?」

何でかなんて、私が聞きたいわよ。

まぁ、さっきも言った通り、私が事前に言ってなかったせいなんだけど。

「自然公園でコスモス畑見てたわ」

「何それ〜!つまんなさそう」

って思うよね。聞いただけだったら。

私だって、最初自然公園に行こうって言われたときはそう思ったよ。

「それ、三珠クンが提案したの?」

「当たり前じゃん」

私からそんなところには誘わないよ。

そもそも、選択肢の一つにも入ってなかった。

思いもよらないデートスポットだったんだから。

「服は?三珠クン何着てた?超ダサTシャツとか?」

「いや…。なんか和柄の上着とシャツ着てて…」

「何それ…?さすが三珠クン。センスない」

海咲も真菜も、けらけら楽しそうに笑っていた。

二人共、他人事だと思ってさぁ。

でも…これだけは言っておく。

「コスモス畑は、普通に綺麗だったんだよ。それに、結月君がお弁当作ってきてくれてて。それがびっくりするほど美味しくて…」

「自然公園って。お花畑デートとか。さすが三珠クン」

「よく頑張ったね〜星ちゃん。キツかったでしょ、よしよし偉いね〜」

と、真菜に頭を撫でられた。

ちょっと。話聞いてよ。

結月君の意外な特技が明らかになって。出汁巻き卵が美味しかったんだってことを、ちゃんと…。

「頑張った星ちゃんに、今日の学食は奢ってあげるよ」

「え、あ、うん…」

キツかった…とか、頑張った…とか言うけど。

振り返ってみれば、意外とそうでもなかった…ような。

気がしたけれど。

二人が労ってくれるものだから、私はそのまま、流されるまま曖昧に笑っておいた。
―――――初デートが無事に終わった数日後。




その日のホームルームは、翌々週に迫った学校行事について。

クラスの出し物と、それらを担当する役割担当を決めることになった。

どんな学校行事かって?

そんなの決まってる。

皆楽しみな、学校の一大イベント。

そう、文化祭である。





私の通う私立星屑学園の文化祭では。

各文化部が、各々日頃の練習の成果を発揮する、発表の場を設けると共に。

文化部に所属していない、運動部や帰宅部の生徒を中心に、各クラスごとで出し物を行う。

焼きそばやヨーヨー釣りなんかの屋台を出したり。

あるいは、教室でお化け屋敷やカフェを開いたりね。

去年の私のクラスは、確か教室内で迷路を作って、子供達に大好評だった。

あれは楽しかったなぁ。

で、今年は何をするか、だけど。

話し合いの結果。

私の一年Bクラスは、運動部の生徒を中心に、ダンスを披露することに決まった。

いかにも楽しそう。

他にも、フレンチトーストのお店をやろうとか、ドリンクのお店をやろうとか、そんな意見も出ていた。

男子達は、って言うか正樹達は、激辛たこ焼きの屋台をやりたい、なんてまたアホなこと提案したりしてて。

それはそれで面白そうではあったのだけど。

隣のAクラスが、喫茶店をやるって話だったから。

うちのクラスまで食べ物系にしちゃうと、お互い潰し合っちゃうかもしれない。

そういう配慮がもとになって、食べ物系は今回は断念。

じゃあ、イベント系をやろうって話になって。

そこで、クイズ大会とか、ファッションショーとか、色々意見は出たけれど。

結局多数決で、ダンスに決まった。

…で、役割分担だけど。

ダンスなんだから、当然踊る人は必要。

それだけじゃなくて、音源を用意する人や、ステージのセットを担当する人。

衣装係や、証明係も必要。

何なら、宣伝の為のチラシ作り担当も必要。

鑑賞無料なので、お金のやり取りをすることはないけれど。

ダンスが終わった後、観客にアンケート調査をしようということで、そのアンケート調査担当係も決めなきゃならない。

当然、皆やりたいのは踊る係。

だって、踊るだけで良いんだもん。

それだけじゃなくて、ダンスを皆の前で披露するなんて、考えただけで楽しそうじゃん。

是非とも踊るグループに入りたい。

しかし。

私達のクラスでは、公平を期す為。

全ての役割を、あみだくじで決めることになっていた。

つまり、希望する役割に就けるかどうかは、完全に運任せってこと。

そりゃあね、全員が希望通りの役割に就けるなら、皆踊りたいに決まってるんだから。

音響とか証明とかチラシ配りとか、他の係をやる人がいなくなってしまう。

そこで、あみだくじで決めようということになった。

そして、この運命のあみだくじが。

何の因果か、私に悪戯をすることになったのだ。

…正直、またか、って気分だった。