「…ふふっ」
その日の夜。
私は、久し振りに…くよくよもめそめそもせずに。
むしろ晴れ晴れとした気持ちで、ベッドに寝そべっていた。
夕食のとき、両親に「何か良いことでもあったの?」と聞かれるくらいには。
私は酷く浮かれていた。
そりゃ、浮かれもするだろう。
何と言っても、私は、ようやく。
本当の意味で、自分の彼氏が出来たんだもん。
昨日の私にそんなこと言っても、絶対信じなかっただろうなぁ。
三ヶ月前の自分に言ったら、もっと信じなかったと思う。
自分に彼氏がいて、しかもその相手は、クラスで最も有り得ないだろうという人物なのだから。
でも、これは全部現実なのだ。紛れもない現実。
そして私は今、この現実に深く満足している。
我ながら正気か、とツッコミを入れたくなるけど。
正気で、しかも現実なのよ。
…わくわくすると思わない?これからの毎日を思うと。
なーにをニヤけてんだか。現金な奴。
…完全に、許されたなんて思ってないよ。
結月君が許してくれたのは、それは彼が優しいから。
普通は、どんなに謝ったって許してもらえるなんて有り得ない。
十字架が消えた訳じゃない。
本当の償いは、これから始まるのだ。
これからの毎日で、私は結月君を傷つけた償いをするんだ。
もう二度と、私は決して。
彼を傷つけるような真似はしないと、心に固く誓った。
…それにしても、と私は思った。
私はこれまで、三ヶ月の間、結月君と付き合っていた訳だけど。
この三ヶ月間は、ずっと罰ゲームのつもりで付き合っていたから。
私は、結月君のことを知ろうとか、もっと交友を深めようとか、そういう努力は全然してこなかったんだよね。
…これって、結構問題なのでは?
少なくとも、私達は一応今日から、交際をしている彼氏彼女の関係になる訳だから…。
もっと、お互いのことをよく知り合わないと駄目だよね。
…そんな、恋人同士として当たり前の努力さえしてこなかった私達って。
でも、これからリカバリー出来る。
まずはその第一歩として…。
「…よし」
慣れないことを、始めてみることにした。
…翌日。
の、昼休み。
「星ちゃん。学食行こー」
と、いつも通り真菜と海咲が声をかけてきたけど。
残念ながら、今日はそのお誘いには乗れない。
「ごめん。今日、私お弁当なんだ。教室で食べるから」
「え?珍しいね、星ちゃんがお弁当なんて」
いつもは学食か購買だもんね。
でも、今日は違うのだ。
新しいことに挑戦してみようと思ったから。
「うん、ちょっとね」
「ふーん…。じゃあ、二人だけで行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
私は、学食に向かう二人を見送り。
そして、学生カバンの中から、お弁当の巾着袋を取り出した。
…よし。
じゃ、私は。
「…結月君っ」
僅かな勇気を出して、私は結月君に声をかけた。
「は、はい?」
驚いたような顔で返事をする結月君。
それが、自分の彼女に声をかけられたときの反応か。
そんなにびっくりしなくても良いものを。
「お昼、一緒に食べよ」
「え…?」
「結月君、お弁当なんでしょ?」
「そうですが…。星野さんは、いつも学食では…?」
いつもは、そうなんだけどね。
でも今日はちょっと、趣向を変えてみたって言うか。
新しいことに挑戦してみたんだよ。
結月君を見習ってね。
「今日はお弁当にしてみたんだ。一緒に食べよう。…嫌?」
「あ、いえ…。嫌じゃないですよ。どうぞ…」
「じゃ、遠慮なく…。ここ、座るね」
私は、自分の椅子を持ってきて。
結月君の机の前に置いて、向かい合うようにして座った。
こうして学校で、昼休みに二人でお弁当を食べるなんて。
初めての体験だね。
…って言うか…。
結月君とやることなすこと、全部、お互いにとって初めてのような気がするよ。
まぁ、それも悪くないじゃない。
どんな経験でも。
君と一緒に積み重ねていけば、いつかきっと、この日を振り返ったとき。
「あぁ、こんなこともあったなぁ」って思い出して笑えるよ。
…と、まぁちょっと良い話みたいに言ってるけど。
実は、そんなにへらへらしていられないのよね。
結月君は慣れた手付きで、カバンの中からお弁当の入ったトートバックを取り出していた。
あ、あのトートバックも和柄だ。
さてはお主、それも縫ったな?お手製だな?
それどころか、お弁当箱を包んでいるハンカチも、結月君が縫ったものであるらしく。
端っこに、金魚の刺繍がしてあった。
冷静に考えたら、結月君って刺繍も得意なんだよね。
さすがの女子力。
「君は、生まれてくる性別を間違えたんじゃないかな…」
「え、な、何ですか?いきなり…」
「気にしなくて良いのよ」
羨ましくない。えぇ、羨ましくなんてありませんとも。
…。
…今ここにハンカチがあったら、血の涙を流しながら噛み千切ってるわね。
「それにしても、星野さんがお弁当って珍しいですね。どういう風の吹き回しなんですか?」
酷い言いようじゃないの。
「今日はちょっと、新しいことに挑戦してみたの。結月君を見習おうと思って」
「僕を…?」
私は、机の上に自分のお弁当箱を置いた。
…うぅ。勇気が出ない。
でも、折角持ってきたんだし…。
えぇい、ままよ。
「じゃん!今日は私、自分のお弁当を…自分で作ってきました!」
毎日、年中無休で自作のお弁当を持ってきている結月君にとっては、それが何だと思うかもしれないが。
普段は何処かで買うばかりで、そもそもお弁当を持ってくる習慣がなく。
ましてや、お弁当を自分で作ってくるなんて。
私にとっては大きな一歩だった。
お母さんにとっても、そうだったようで。
昨日私が「明日自分でお弁当作るわ」と言ったら、びっくり仰天された。
それこそ、「一体どういう風の吹き回し?」状態。
普段、どれだけ何もやっていないかがバレるわね。
でも、今日は頑張った。
「目覚ましをセットして、ちゃんと早起きして…お弁当作ってきたのよ」
「ほう…。凄いじゃないですか」
と、結月君も褒めてくれた。
ありがとう。
もうそれだけで充分だわ。
だって、このお弁当は…。
「見せてもらえませんか?どんなお弁当作ったのか…。僕、人のお弁当がどんな感じなのか、いつも気になってたんです」
「…」
「お弁当のおかずって、ついワンパターンになりがちじゃないですか。人のお弁当を見ることで、新しいアイデアが浮かぶかもしれない」
成程、それは一理あるわね。
結月君が見たがるのも理解出来る。
…でもね。
「…見せてあげないわ」
「えっ」
見せられる訳ないでしょ。私のお弁当なんて。
だって、このお弁当は…。
…日の丸弁当と良い勝負が出来るんじゃないかってくらい、超手抜き弁当なんだから。
「だ、駄目なんですか…?」
「そう、駄目よ。これはパンドラの箱よ」
「そ、そうですか…。そう言われると余計気になるんですけど…」
そう。
でも駄目よ。
とても、見せられる代物じゃないんだから。
「じゃあ、その…どうしたら良いですか?僕…後ろ向いて食べたら良いですか?」
「別に、前を向いて食べたら良いじゃない」
そんな後ろ向きにならなくても。
もっと前向きに生きて良いのよ。
「でも、正面を向いてたら、どうしても星野さんのお弁当が…目に入るんですが…」
「…」
「…あっ、えぇと…出来るだけ見ないように努力します…」
…出来るだけってことは、やっぱりちょっとは見るんじゃないの。
分かった、分かったわよ。
観念すれば良いんでしょ?
「分かった…見せるわよ…」
「い、良いんですか?」
「逃げ回ってもしょうがないもの…。言っておくけど、笑わないでね」
結月君に「ぷっ、クスクス」なんて笑われたら、私は心が折れるわ。
「もし笑ったら、おへそに箸突っ込んでやるから。絶対笑わないって約束して」
「…想像したら意外と痛かったので、絶対笑いません」
宜しい。
じゃ、見せてあげるわ。
私は巾着袋を開けて、お弁当箱を取り出した。
うぅ、この時点でもう恥ずかしい。
しかし、ここまで来たら引き返せない。
南無三とばかりに、私はお弁当箱の蓋を開けた。
何かの奇跡が起こって、お弁当の中身が美しく心機一転…!
なんてことは勿論なかった。
朝、お弁当箱に中身を詰めたときのまま。
それどころか、ちょっと寄り弁してて、朝より更に悲惨なことになっていた。
存分にご覧なさい。
これが私の人生で一番最初の、お弁当第一号よ。
「…さぁ、感想は?」
笑うんじゃないでしょうね。
笑ったら、へそに箸よ。
すると、結月君は。
「え、えぇと…」
何と言ったら分からない、みたいな顔をして。
視線をぐるぐると彷徨わせ、ついでに言うべき言葉を必死に探し。
結果、出てきたのは。
「…ど、努力が感じられて…い、良いんじゃないでしょうか?」
…物は言いようってことね。
でも、正直に言って良いのよ。
「下手くそにも程があるだろ」って言って良いのよ。
私でさえそう思ってるから。
私が今日、ドヤ顔で持ってきたお弁当は。
それはそれはもう、タダでもらっても食べたくないほどの酷い出来だった。
何度見ても、やっぱり酷い。
でも持ってきてしまった以上、今更どうしようもなかった。
受け止めなさい、星野唯華。
これが、このお弁当が、私に突きつけられた現実なのよ。
私だってね、これでも頑張ったのよ。
昨日の時点では、まだまだ夢が広がっていた。
何弁当にしようかなー。やっぱり初めてなんだし、定番メニューが良いわよね。
唐揚げ弁当?それともハンバーグ弁当?生姜焼き弁当も良いわね。
って、お肉ばっかり。
肉食系女子です。
わくわくしながら考えて、そのとき家の冷蔵庫にあったのがひき肉だったので。
じゃあハンバーグ弁当にしよう、と決めたまでは良かった。
ハンバーグなら調理実習で作ったんだし、作り方も分かる、とたかを括っていた。
…それが間違いだった。
確かに私は、調理実習でハンバーグを作ったけど。
私はただ、横で観察していただけで。
ほぼ全ての調理過程をこなしたのは、私ではなく結月君なのだ。
見ているだけで、そう簡単に上手くなれるはずがない。
結果。
ハンバーグ弁当とは名ばかりの、消し炭弁当が出来上がった。
震える手で、菜箸を使ってその消し炭を半分に割ってみたら。
外は真っ黒焦げなのに中は生焼けという、地獄みたいなハンバーグになってた。
涙が出そうだった。
ならばとばかりに、今度は卵焼きに着手した。
お弁当と言えば、卵焼きとタコさんウインナーは定番よね。
え?タコじゃなくても良いじゃんって?
タコは重要よ。
そこで私は、まず卵焼きに挑戦してみた。
目玉焼きくらいなら作れるんだし、同じ要領で卵焼きも楽勝、なんて。
思っていた時期が、私にもありました。
全然楽勝じゃなかった。
焦げまくって、フライパンにくっつきまくって、あちこち破れて真っ黒焦げだし。
何とかお布団みたいに、卵を綺麗な形に折り畳もうとするのに。
写真で見るみたいに、ふっくらとした卵焼きにならない。
結果。
出来上がったのは、ぺちゃんこに押し潰され、真っ黒な座布団みたいな卵焼き。
と言うか、焦げたスクランブルエッグと言った方が正しい有り様だった。
三度目の正直とばかりに、タコさんウインナーは頑張ろうと思って。
昨晩動画で見た、タコさんウインナーの簡単な作り方を参考に。
包丁を片手に、ウインナーをタコさんの形に切ろうとしたけど…。
出来上がったのは、タコさんと言うより。
エイリアンウインナー、みたいな有り様。
ついでに言うなら、彩りの為に入れた茹でブロッコリーも。
茹で時間を間違えたのか、箸で摘まむとボロボロ崩れてしまうほど、クタクタのブロッコリーになってた。
もうね、ここまで何一つ出来なかったら、むしろ開き直れそう。
結局、見るに見かねたお母さんが、途中から助け舟を出してくれて。
卵焼きは焦げたところを避けて、出来るだけ綺麗なところだけを入れ。
ブロッコリーとウインナーはしょうがないので、そのままアルミカップに入れ。
ハンバーグは、とても食べられそうにないので、心苦しいがゴミ箱に捨て。
代わりに、冷凍食品のハンバーグを詰めた。
余ってる隙間も、全部冷凍食品よ。
あとは、ご飯にふりかけをかけて持ってきた。
どうよ。
笑いたいなら笑いなさい。
まぁ、笑ったらおへそに箸を突き刺すけどね。
「え、えっと…頑張りましたね…」
「お世辞は良いのよ、お世辞は」
「いや、お世辞じゃなくて…ほら、ハンバーグは上手に出来てるじゃないですか」
何を言ってるの、この子は。
「これは冷凍食品よ」
「えっ…。れ、冷凍…そうですか。じゃあ…そのアスパラベーコン巻きは上手に出来、」
「これも冷凍食品よ」
「そ、そうなんですか…。それじゃその…そのほうれん草の和え物、」
「冷凍食品よ」
「…そうですか…」
何よ。もう褒めるところはないの?
あなたの褒めたところ、全部冷凍食品よ。
「もっと他に、褒めるところは?」
「…白米が上手く炊けてて良いと思います…」
「…これは炊飯器よ」
帰って、炊飯器に言っておくわ。
結月君が褒めてたわよ、ってね。
きっと炊飯器も喜ぶと思うわ。
…逆に言うと、冷凍食品と炊飯器しか褒めるところがないのね。
分かってはいたけど、やっぱり泣きそう。
「私だって頑張ったのよ。その努力を認めてよ…!」
「あ、は、はい…。が、頑張りましたね」
「もっと褒めて!」
「は、はい。えぇと…その、初めて作ったにしては…作ったにしては…。…はい」
何で自信をなくすのよ。
初めて作ったにしては上出来、って言ってよ。
初めて作ったのだとしても、信じられないくらい下手くそ、とでも言いたいの。
「結月君だって最初にお弁当作ったときは、こんな感じだったでしょ?」
「いえ…。僕、小学校のときから自分で料理作ってたんで…。中1で初めてお弁当作ったときは、それなりのお弁当を…」
「うわぁぁぁぁん」
何よこの子。小学生のときから立派過ぎる。
おまけに、結月君がそのタイミングで自分のお弁当を開くものだから。
嫌でも、結月君のお弁当と比べちゃって。
雲泥の差、って奴よ。月とすっぽんよ。高級フレンチとねこまんまよ。
そりゃ私だって、熟練主婦の結月君と張り合えるとは思ってないけどさ。
でも、ここまで格の違いを見けつけられると。
嫌でも泣きたくなるわ。
ちなみに、本日の結月君のお弁当。
「何で君もハンバーグなのよ。私に対する当て付けなの…!?」
「あ、当て付けって…。そんなこと言われても…。昨日の夕飯シュウマイだったので…。シュウマイのタネを少し取っておいて、朝成形して、ハンバーグにリメイクしただけですよ」
何、家でシュウマイなんて作ってるのよ。
「シュウマイなんてあなた、冷凍食品で食べるものでしょ…!?」
「そうなんですか…?せいろで蒸せば、家でも美味しく出来ますよ」
駄目だわ。張り合える要素が一つも存在しない。
うちは…うちは冷凍食品に頼り過ぎだと言うの?
ううん。結月君の家が、何でもハンドメイドし過ぎなのよ。
何でも自分で作っちゃうんだから。
もう、この後結月君が「シュウマイの皮?あ、はい。自分で作りました」とか言い出しても、私は驚かないからね。
「…ちなみに、結月君。その、昨日の夕飯のシュウマイだけど」
「何ですか?」
「シュウマイの皮は?皮は、市販の…」
「あ、自分で粉から練って作りました」
成程。
…私はもう、驚かないからね。
「でもほら、料理は見た目…も大事ですけど、やっぱり一番大事なのは味じゃないですか」
…非の打ち所がない、完璧なお弁当を持ってきてる人に言われてもね。
慰められるどころか、傷口に塩を塗られてる気分だわ。
「美味しかったら、多少見た目が悪くても大丈夫ですよ」
「そうね…。美味しかったら、見た目が悪くても良いわよね…」
「…ところで、一つだけ聞いても良いですか?」
「…何よ。一つと言わず、二つ三つ聞いてくれても良いのよ」
ここまで来たら、もう自棄っぱちよ。
「そのウインナー…の、残骸は何なんですか…?」
「…これはタコさんウインナーならぬ…エイリアンさんウインナーよ」
「えっ、エイリアン…?」
どうよ。新感覚で面白いでしょ。
エイリアンの形をしたウインナーなんて、なかなかお目にかかれないわよ。
「知らないの?最近SNSで流行ってるのよ、このエイリアンウインナー」
「そ、そうなんですか。世の中って分からないものですね…」
信じるのね。
よし、もうそういうことにしておこう。
結月君がSNSやってなくて、助かったわ。
「と、とにかく食べましょう。昼休みの時間がなくなっちゃいますから」
「そうね」
こんなお弁当でも、一応、ちゃんと食べ物なんだから食べるわよ。
食べないと、午後の授業が持たないものね。
何だか、変にしょっぱい気がするけど。
きっと塩を入れ過ぎたのね、そうに違いないわ。
そんな感じで、昼休みを二人で過ごし。
迎えた放課後。
「結月くーん、ちょっと良いかい」
「あ、はい。何ですか?」
「今日…一緒に帰らない?」
前、付き合ってたときは。
放課後デートと称して、週に3回一緒に帰ったものだけど。
今は、そんなノルマは存在しない。
放課後を一緒に過ごしても良いし、過ごさなくても良い。
それは私の自由。
だから、今日私が結月君を誘ったのは。
ただ、私が結月君と一緒に帰りたかったから。それだけのこと。
それだけのことなのに、何だか凄く新鮮な気分だわ。
「良いですよ」
「やったー」
ましてや、笑顔で了承してくれたら、こんなに嬉しいことはないわよね。
じゃ、一緒に帰りましょう。
ちょっと優しくされたらこれなんだから、私ってチョロいわ。我ながら。
「何だか結月君と一緒に帰るのって、久し振りね」
「そうですね」
二人で歩きながら、そんな会話を交わす。
最初の頃は会話に困ったものだけど。
今は、沈黙が続いても何とも思わないわね。
何とも居心地が良いと言うか。
本当、変わったものだ。
あれって、本当に今から四ヶ月近くも前のことなんだっけ?
なんて考えていると、不意に結月君が立ち止まった。
「…と、僕は買い物に寄って帰るので、ここで失礼します」
あぁ、もうそんなところまで来ちゃった?
よく見たら、いつも結月君と分かれる場所まで来ていた。
早いなー。
…でも。
「ちょっと待って、結月君」
「?何ですか?」
「私も一緒に買い物についていって良い?」
「え?」
迷惑だろうか?買い物くらい、一人で行きたいだろうか。
でも一応、聞いてみるだけなら。
だって私、もっと結月君のことよく知りたいんだもの。
今まで知ろうとしなかったことも、たくさん。
「ほら、私、明日もお弁当作る予定だから…。材料買っておかないと」
「あ、成程…。…えっ、まだ懲りてないんですか?」
ちょっと。それどういう意味よ。
「懲りないわよ。練習して、いつか結月君みたいなシェフになるの」
「そうですか…。…まぁ、夢を見るのは誰しも自由ですし…」
ちょっと。ますますどういう意味よ。
おへそに箸突き刺すわよ。
「分かりました。一緒に行きましょう」
「うん、行きましょ」
「あっ、でも…」
ん?
結月君は、何かを思い出したように立ち止まった。
「どうしたの?」
「今日、水曜日ですよね。水曜日の○○スーパーは…素人には危険かも知れません」
…どういうこと?
水曜日が危険なスーパーって、何?
聞いたことないんだけど。
「…通り魔でも出るの?」
「…あながち、間違ってないかもしれません」
何よ、それは。
本当に通り魔が出るなら、ニュースになってるんじゃないの?
「よく分からないけど…私は行っても良いの?やめた方が良いの?」
「あ、大丈夫です…。その、いざとなったら…守る努力をしますから」
「そこは、何があっても守る!でしょ…」
「いえ…自信のないことに、虚勢を張らない方が良いかなって…」
いかにも結月君らしいわね。
でも、その気持ちだけで充分よ。
…それにしても。
水曜日が危険って、一体どういう意味なのかしら…。
…と、思いながら、結月君御用達のスーパーマーケットにやって来ると。
結月君の言う、通り魔の意味が分かった。