…ようやく、告白タイムが終わり。
三珠クンが帰るのを見届けてから、こっそり除き見していた正樹や真菜達が、こちらに駆け寄ってきた。
…ゲラゲラ笑いながら。
「マジかよ、マジかよ!まさかマジでOKするとは!」
「正樹…あんたね…」
殴ってやろうかな。
何笑ってるのよ。他人事だと思って。
「あの三珠クンの嬉しそうな顔!写メ撮っとけば良かった〜!」
海咲まで。
「見世物じゃないわよ。元はと言えば、あんたのせいなんだからね!」
私は、海咲を小突きながら言った。
激辛ポテトの報いがこれとは、ちょっと仕返しが過ぎるんじゃないの?
「まさか、三珠クンがOKするとは…。絶対断ると思ってたのに」
「ね。本当身の程知らずって言うか…。…こうなるなら、あんな罰ゲームしなきゃ良かった」
隆成と真菜がそう言った。
二人共、てっきり三珠クンは断るもの、とたかを括っていたのだ。
私だって、そう思いたかったよ。
今更後悔しても、もう遅いわよ。
「どうしてくれるのよ。私の三ヶ月…」
「今からでも、やっぱりごめんって断る?」
と、真菜は言った。
出来るものなら、私だってそうしたいよ。
でも、本当今更だよね。
「いやー、こっちからコクった手前、次の日にやっぱりごめん、はさすがにないだろ」
半笑いの正樹である。
「諦めて、三ヶ月付き合ってやれば良いじゃん。思い出作りだよ、思い出作り」
あんた、もう本当に殴るわよ。
あんたも、久露花さんと三ヶ月付き合ってきなさい。
そうしたら私の気持ちが分かるわ。
「それにしても、三珠クンのあの顔!本当ウケるわ〜!」
「海咲…あんたね…」
「怒んないで、怒んないでって。三ヶ月の期限が終わったら、特大パフェ奢るから」
何それ。
パフェくらいで、私の機嫌が取れると思わないでよ。
でも、奢ってくれるって言うなら、思いっきり高いもの奢ってもらうから。
覚えておきなさいよ。
「デート報告宜しくね。頑張れ、三珠クンの彼女さん!」
こうして。
私は、友人を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られながら。
何が嬉しくて、結局三珠クンの彼女になってしまった。
…翌日。
私は、憂鬱な気分で目を覚ました。
「…うー…」
何回思い出しても、夢じゃない。
私は現在、あの三珠結月の彼女なのだ。
先週までの私だったら、絶対信じなかっただろうな。
来週の自分、三珠クンと付き合ってるんだよ、なんて。
今でも信じられない気分だもん。
だけど、これは紛れもない現実。
気持ち悪かろうと嫌だろうと、三ヶ月の間は、あの三珠クンの彼女をやらなきゃならないのだ。
…憂鬱だなぁ。
勿論、キスどころか、手を繋ぐくらいのスキンシップだって拒否するつもりではいるけど。
三珠クンが調子に乗って、ぐいぐい押してきたらどうしよう。
ああいうタイプは、何考えてるか分からないから怖いよ。
超草食系に見えて、自分の彼女には強く出るタイプだったりして…。
…もしそうだったら、三ヶ月の期限を待たずにお別れしよう。
本当の彼氏彼女じゃないんだから、これはノーカンノーカン。
自分にそう言い聞かせて。
淡々と、三ヶ月が過ぎるのを待とう。
とは、思ってみたものの。
…確か正樹の「スケジュール表」によれば。
週3で、一緒に帰らなきゃならないんだよね?
しかも、月に2回は週末デートもしなきゃならないって。
…正樹の奴、とんでもない条件をつけてくれちゃって。
一生恨んでやる。
学校に行ってみたら、三珠クンの方から話しかけてくるかなと思ったけど。
付き合うとは言ったものの、いきなりそこまで馴れ馴れしくするつもりはないようで。
三珠クンの方から、私に話しかけてくることはなかった。
正直、有り難かった。
やっぱり距離感って大事だよ。私の場合、特にね。
出来るだけ、距離は遠く保っていて欲しい。
でも、週3で一緒に下校しなければならない事実に変わりはない。
向こうから話しかけてこないなら、こっちから行かなきゃ。
仕方がないので、私は放課後、自分から三珠クンに声をかけた。
「ねぇ、三珠クン…」
「…はい」
…一応、仮にも彼女が声をかけてきたっていうのに。
反応うっすいなぁ…。
まぁ、飛びついてこられても困るけど。
「一緒に帰ろ」
「え…一緒に?」
「うん。それくらい良いでしょ?」
付き合って翌日なら、そんなものでしょ。
まずは、放課後デートって奴。
デートと言っても、一緒に帰るだけだけど。
「…それは…良いですけど…」
…けど、何?
何なの、その渋った返事。
一緒に帰る気もないって?
「途中までしか一緒に帰れないんですけど、それでも良いですか?」
途中まで?
何でかは知らないけど…まぁ良いか。
途中までだろうと、一緒に帰るという目的は果たしてるんだし。
丁度良い。
「良いよ、帰ろう」
「はい、分かりました」
私は三珠クンと一緒に、教室を出た。
皆、こっち見ないで。これただの罰ゲームだから。
事情を知らないクラスメイトに、私が本気で三珠クンと付き合ってると思われるのは嫌だった。
「本気じゃないから!」って声を大にして言いたいけど、それが三珠クンの耳に入ったら厄介なことになるし。
結局、何も言えないのが悔しかった。
三珠クンと一緒に下校中。
うぅ、何を話して良いのか分からない。
私と共通する話題なんてあるのかなぁ、三珠クン…。
でも、ずっと黙ってるのも気まずい。
コクったのは私なんだから、私の方から積極的に話しかけないと不自然だよね?
…あ、そうだ。
「ねぇ、EINL交換しようよ」
と、私は持ちかけた。
そうそう、それだよ。
やっぱり付き合い始めたんだから、連絡先くらい交換してないとね。
三ヶ月の付き合いとはいえ、デートすることになるなら、EINLでのやり取りは必須。
今のうちに交換しておけば、
「あ、済みません…。僕、EINLやってないんです」
「えぇっ」
と、私は思わず絶句してしまった。
…嘘でしょ?
今時、EINLやってない人なんていたの?
…いたよ。ここに。
「メールアドレスなら、持ってますから」
そう言って、三珠クンは鞄の中から、二つ折りの携帯電話を取り出した。
二つ折りの携帯電話なんて、何年ぶりに見ただろう。
私のおばあちゃんですら、シニア向けのスマートフォンを持っているというのに。
今時の高校生が、二つ折りの携帯電話って。
改めて、私はとんでもない人と付き合ってしまったんだと思った。
まさか、スマホを持ってない上に、EINLすらやってないとは。
メールでのやり取りなんて、通販サイトでしか使わないよ。
「そ、そうなんだ…。じゃあ、メルアド交換しよっか…」
私は何とか、笑顔を取り繕って言った。
メールの打ち方なんて、私覚えてたかな…。自信ないよ…。
一応、メルアドの交換はしたけど。
これで本当にやり取り出来るのか、早くも不安が募る。
じゃあ何?三珠クンって…。
「Twittersとかもやってないの?インステは?」
「あ、はい…やってないです」
嘘でしょ。
SNS全滅?今時の高校生が?
むしろ、何ならやってるの?
一体何世代前の高校生なの。遅れてるにも程があるでしょ。
そういう方針の家なのかなぁ?どっちにしても、普通の感覚じゃないよね…。
とりあえず、スマートフォンに三珠クンのメールアドレスを登録する。
えぇと…メルアドの交換なんて久々だから、やり方が…。
おたおたしていると、三珠クンが。
「…あの、星野さんって」
「え?」
…初めてじゃない?
三珠クンの方から話しかけてきたのって。
「下の名前…何て言うんでしたっけ」
あ、私のこと?
「唯華(ゆいか)だよ。星野唯華」
「あ、唯華さん…そうですか。…クラスメイトが下の名前を呼んでるの、聞いたことがなかったので…」
それは、確かにそうかも。
「大体皆、私のこと星ちゃんって呼ぶからね。中等部の頃からのあだ名なの」
皆呼びやすいって言ってくれるし。私もこのあだ名、嫌いじゃない。
かと言って…三珠クンに星ちゃん呼びされると思うと、ちょっと引くけど…。
でもまぁ…下の名前で気安く呼ばれるよりはマシか。
…それはともかく。
私も、三珠クンの名前登録しなきゃ。
上の名前は三珠…下の名前は確か結月君だっけ。
…結月君か…。
「ねぇ、私三珠クンのこと、結月君って呼んで良い?」
と、私はふとした思いつきを口にした。
「え…」
「名字で呼ぶより呼びやすいし。結月って良い名前じゃん」
これは、素直に本心だった。
顔は身なりはともかく、名前はそこそこ格好良いんだから。
下の名前で呼ぶ方が彼氏っぽい、って理由もあるけど。
「…」
三珠クン、改めて結月君は。
ポカンとして、私のことを見つめていた。
…え、何その反応。
嫌なの?駄目なの?
馴れ馴れしいとか思ってる?
私としては、男友達を下の名前で呼び捨てにするくらいのフランクさは、当たり前だと思ってるんだけど?
一昔前の恋愛漫画じゃないんだからさ。
「…なんか、駄目なの?」
「えっ…。いや…駄目じゃないです」
あ、そう。
じゃあ遠慮なく。
それから。
「結月君も、星ちゃんって呼んで良いよ」
と、私は言っておいた。
本当は、彼氏でもない、男友達でもない結月君に。
馴れ馴れしくあだ名で呼ばれるのは…ちょっとモヤッとするけどさ。
だからって、下の名前で唯華、なんて呼ばれたら多分背中がゾワッとするから。
だったら、あだ名で呼ばれた方がマシ。
「え…。と、じゃあ…星ちゃん…さん」
「…何でさん付け…?」
「…」
…馴れ馴れしくないのは、有り難いけど。
だからって、いくらなんでも距離遠過ぎない?
おまけに。
「…」
「…」
「…」
「…」
…折角、お互いの呼び名が決まったのに。
この沈黙の辛さ。
早くも共通の話題に困ってる。
何なら話が合うんだろう…。
私がハマってることとか、知ってることとか、ことごとく結月君には縁がないような…。
どんな話題なら食いついてくるんだろう。
あ、そうだ。
結月君って、いかにも陰キャなオタって感じだし。
ネットゲームとかするのかな。
私よく知らないんだけど。ネットゲーム。
でも、この話題を振っちゃって良いのかなぁ?
よくあるじゃん、オタク系の人って。
自分の守備範囲の話題が来たら、もう水を得た魚みたいに怒涛の如く喋り出す、みたいな。
どうしよう。萌え系の女の子のフィギュアとか集めて、にやにや鑑賞してるタイプの人だったら。
有り得る。結月君だったら有り得る…。
…うぇ。
私、そういう人って、生理的に無理なんだけど…。
でも、よく考えてみたら。
裏を返せば、これってチャンスかも。
このまま話題のないまま、沈黙が続くよりは。
ひたすら、一人で結月君に語らせておいた方が良いのでは?
私はほら、介護施設の職員みたいなつもりになって。
結月君の長々とした一人語りを、適当にうんうん相槌打ちながら、聞いている振りをする。
そうすれば、少なくとも沈黙の気まずさに耐える必要はなくなる。
我ながら、ナイスアイディア。
よし、早速これを実行に移してみよう。
「…結月君って、趣味は何なの?私はよく知らないんだけど…ネットゲームとか?」
どうだ。
オタクの人だったら、それはもう目を輝かせて。
水を得た魚のように、ペラペラと喋り始め、
「…ネットゲーム?」
…なんてことはなかった。
むしろ、結月君まで首を傾げていた。
私も知らないし、結月君も知らなかった。
あれぇ…?私、話題提供間違えた?
結月君みたいなタイプは、深夜にネットゲームに夢中になってるんじゃないの?
もしかして、私のただの偏見でしかなかった?
ますます、結月君の趣味が分からなくなったんだけど。
じゃあほら、あれかな?
最近流行りの…yourtubeアイドルとか?
ああいうのにハマってたりするの?
yourtubeくらいなら、私も見るよ。
さすがにネットアイドルまでは知らないけど。
「じゃあ、何かハマってる動画とかある?好きな配信者は?」
これなら、さすがにいるでしょ。
「動画…ですか」
…あれ?
なんか、イマイチ食いつきが良くない気が、
「済みません。僕、そういうの見ないので、よく知らないんです」
え…えぇぇぇ?
と、思わず声に出しそうになるのを、必死に堪えた。
じゃあ、むしろ君、いつも何してるの?
「あんまりパソコンは触らないタイプ…?」
「あ、はい。うち、パソコン持ってないので」
これまた衝撃。
嘘でしょ。
今時、パソコンがない家なんてあるの?
一家に一台どころか、一人に一台の時代じゃないの?
うちだって、両親の使うパソコンとは別に、私専用のノートパソコンがあるのに。
って言うか、スマホも持ってない上にパソコンも持ってないなんて。
「どうやってネット使ってるの…?」
あ、タブレットとか?
最近のタブレットは高性能だもんね。パソコンの代わりにタブレットを使ってる人も多、
「家でネットは使わないんです」
「…全く?全然?」
「はい。インターネットが繋がる環境じゃないので…。もしどうしても、学校の課題で必要なときがあったら、学校のパソコン室で調べてます」
真面目か。
まさか、学校のパソコン室で調べ物するなんて。
こんな人初めて見た。
SNSはやらない、スマホもない、パソコンもない、そもそもインターネットは使わない…。
持ってるのは時代遅れな二つ折り携帯のみ。勿論EINLもやってなくて、未だにメールでやり取り。
成程ね、こう言っちゃ悪いけど。
…友達が出来ない訳だよ。
これじゃあ、一体何の話をしたら良いか分からないじゃない。
そういうツールって、最低限誰でも持ってるものだと思ってた。
「それじゃ…あ、そうだ。テレビは?」
と、私は聞いてみた。
そう、テレビ。テレビがあるじゃん。
パソコンで動画は見れなくても、テレビなら見られるでしょ。
アニメとかドラマとか、バラエティ番組とか。
そういう、見てる番組の系統で結月君の趣味を推測出来る、
「テレビは…ありますけど、あんまり見ないんですよね」
…。
…テレビも見ないの?
君、本当に家で何してるの?
つまらなくないんだろうか。毎日。
「見たとしても、ニュースくらいですかね…」
ニュースしか見ないって。それどういうスパルタ教育?
家の方針なんだろうか。ネットも見ない使わせない、スマホもパソコンもタブレットも与えない。
見ても良いテレビ番組はニュースだけ、って?そういう決まりのある家?
そんな厳しいルールのある家は、漫画かドラマの世界だけだと思ってた。
現実にそんな家があるなんて、信じられない。
私だったら、あっという間にグレてるよ。
周りが当たり前のように与えられているものを、自分だけは与えられなかったら。
そんなの、苦痛でしかないじゃない。
「結月君の家って…。厳しい家なんだね」
厳しいを通り越して、もう束縛じゃない。
もしかして、放課後になったらすぐに帰っちゃうのも、部活に入ってないのも、それが理由なの?
親に止められてるから?
結月君も馬鹿正直に、よく従うよね。
理不尽な束縛なんて、無視しちゃえば楽なのに…。
と、思ったけど。
「あ、いえ…別に、親に禁止されてる訳じゃなくて」
「え?」
「ただ、僕が必要ないから、欲しがらないだけです」
…マジ?
それは何?今流行りの…ミニマリスト的な生活を送ってるってこと?
ミニマリストだって、スマホくらいは持ってるんじゃないの?
「興味ないの?yourtubeとか、SNSとか…」
「あ、はい…。よく知らないので、興味もないですね」
興味がないから知らないんじゃない?
えぇ…。有り得ない…。
私の常識の外にいる人だよ、結月君は。
とても、今時の現役高校生とは思えない。
周りから浮くのも仕方ないよね。これじゃあ。
暇じゃないんだろうか?スマホもパソコンもテレビもなくて…。
いや、テレビはあるんだろうけど。見ないならないのと変わらないじゃない。
「じゃあ結月君は…いつも、家で何してるの?」
と、私は聞いてみた。
こうなってくると、逆に結月君が普段、どんな生活を送ってるのか気になるよ。
一体、どうやって時間を潰してるの?
「家で?…そうですね。料理をしたり、掃除をしたり、裁縫をしたり…」
…家事…?
「課題が出たときは課題をやって、あとは授業の予習とか…」
…勉強…?
「他にやることがないときは、縁側に座って、庭を眺めたりしてます」
…何それ。
うちのおじいちゃんみたい。
退屈だ。私だったら、一日でも耐えられないくらい退屈だ。
まさか今時の高校生が、そんな生活を送ってるなんて。
真面目な優等生の生活だね。
そういや結月君って、成績は良いんだよな。
確か、うちの学年の、成績優秀者に送られる学費免除枠は、結月君なんじゃなかったっけ。
それを維持したいから、必死に勉強してるってこと?
じゃあ、塾とかも頻繁に通ってたりするのかなぁ。
成程、それはそれで忙しいよね。
そりゃもう、スマホで遊んでる暇もないくらい…。
…って、それとこれとは別だよ。
スマホは普通、皆持ってるものでしょ。
学費免除枠とか、そんなの関係ない。
「そ、そう…。真面目なのね、結月君…」
「そうですか?自分では全く…」
真面目って言うか…。
…つまんない人だと思う。
毎日、何を楽しみに生きてるんだろう…。
「それ…楽しいの?つまらなくない?」
一応、そう聞いてみたけど。
「?別に…つまらないと思ったことはないですけど。つまらないように見えますか?」
うん、見えるよ。
と、声を大にしては言えない。
そうだよね。本当につまらないなんて思ってたら、今頃そんな生活してないって。
結月君はそれで満足だから、そんな毎日を送ってるんでしょ?
本人がそれで良いなら、口を出す権利はないと思うけど。
折角の一度しかない青春の日々を、そんな過ごし方で浪費するのは、凄く勿体無い気がする。
やっぱり私とは合わないなぁ…。
「い、いやそんなことはないよ。ただちょっと…変わってるなぁって」
「そうですか」
「あ、で、でも、良い意味だからね?決して悪い意味じゃないから」
と、私は念押ししておいた。
危ない危ない。つい本音が。
好きになる要素なんて、一つも見つからないけど…。でも私は今、この人と付き合ってる設定なんだから。
下手に本音を言って、バレたんじゃ意味がない。
内心つまらない人だと思ってるのも、気づかれないように気をつけないと…。
と、思っていると。
「…済みません。僕、ここで失礼します」
結月君が、唐突に足を止めた。