あー、もう、何とかして。
早く断ってよ。
しかし、三珠クンは。
「…僕の、何が良いんですか?」
なんて聞いてきた。
自分が女の子にモテるはずがない、という自覚はあるらしい。
けど、今だけは、そんな質問をされたくなかった。
何が良いのかなんて、私にも分かる訳ないじゃん!
これは罰ゲームなんだから。
でも、何とか切り抜けなければならない。
うーん、うーん。三珠クンに褒める要素…好きになるようなところ…。
…そんなのある?
重箱の隅をつついても、何も出てこないよ。
何か言わなきゃ。黙ってたら不自然に思われちゃう。
「それは…えぇっと…」
いや、もうこの時点でめちゃくちゃ不自然だよ。
仕方ないじゃない。三珠クンを好きになる要素なんて、咄嗟に思い浮かばないよ。
短所なら、いくらでも出てくるんだけどね。
「上手く言えないけど…。大人っぽくて…そう、クールなところ」
私は何とか言葉を捻り出した。
何でも、物は言い様なんだなって。
どんな短所でも、裏を返せば長所になり得る、って。あれ本当なんだね。
地味で根暗なのを、クールと言い換えるとは。
そう聞くと、何だか魅力的に聞こえてくるから不思議だ。
いや、全然魅力なんて感じてないけど。
「ほら、同級生の男子は皆、子供っぽいじゃない?だから、ひときわ三珠クンが大人っぽく見えて、何だか頼り甲斐があるなって」
私は、つらつらと嘘を並べ立てた。
この人が頼り甲斐があるなんて、私、我ながら何言ってるの。
三珠クンに比べたら、小学生の方がまだ頼り甲斐があるよ。
きっとこれを聞いてる正樹達、今頃大笑いしてるだろうなぁ。
私だって必死なんだよ。
「…」
三珠クンは、また黙り込んで私を見つめていた。
あー、もう。早く、早く答えを言ってよ。
まだ疑ってるの?
「…駄目、かな?やっぱり…」
私は、またしても自分から返事を促した。
少しでも、否定してもらえる方向に持っていこう。
誘導だ、誘導。
「…そ、そうだよね。三珠クン、私のことよく知らないもんね。知りもしない人に、いきなり告白されても困るよね」
畳み掛けるように、私はそう言った。
「そうだね、悪いけど…」と言ってもらえることを期待して。
「ごめん、忘れて良いから。どうしても言いたかっただけで、無理に、」
「…いえ、無理じゃないですよ」
…え?
…う、
嘘でしょ?
「そんな風に思ってもらえて嬉しいです」
三珠クンは、心なしか嬉しそうに言った。
え、ま…。
…マジで?
「確かに俺、星野(ほしの)さんのことはほとんど…よく、知らないですけど」
だよね。
三珠クンと話をした機会なんて、私には覚えがない。
もしかしたら、今日がほぼ初対面の可能性もある。
これまで話した機会なんて、あったとしても、多分片手で数えるほどしかない。
そんな相手に告白されて、まさか本気だとおもっ、
「でも、これから知っていけば良いですよね」
何、その前向き思考。
まさか、三珠クン、本気で…。
…。
冗談…冗談、だよね?
「い、良いの…?付き合って…私と付き合うの?」
私は、うわずった声で尋ねた。
演技も忘れて、今だけは本気だった。
「はい、勿論良いですよ」
三珠クンは、嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。
目眩を起こした私は、その場に倒れてしまうかと思った。
まさか、本気で。
本当に、三珠クンがOKするなんて。
身の程を弁えてるかと思ったら、全然そんなことはなかった。
モテない君の執念を見くびってた。
本物のモテない君は、コクられたら、それが例えよく知らない相手だろうと、ノータイムでOKしちゃうんだ。
ここまでボッチが極まってるとは。
君、それで本当に満足なの?
…満足なんだろうなぁ…。女の子と付き合えるなら、相手が誰でも構わないんだろう。
うぅ…。やっぱりこんな罰ゲーム、引き受けなきゃ良かった…。
でも、嬉しそうな三珠クンを前に、今更撤回することは出来なかった。
私が馬鹿だったよ。
これから三ヶ月、高い授業料を払わされるってことで。
いつか絶対、正樹達にも同じ罰ゲーム受けさせてやるから。
覚えてなさいよ。
「これから宜しくお願いします、星野さん」
「う、うん…。宜しくね、三珠クン…」
さすがに私はこのとき、めちゃくちゃ目が泳いでいたと思うけど。
喜びでいっぱいの三珠クンは、そんなことにも気づいていなかった。
…ようやく、告白タイムが終わり。
三珠クンが帰るのを見届けてから、こっそり除き見していた正樹や真菜達が、こちらに駆け寄ってきた。
…ゲラゲラ笑いながら。
「マジかよ、マジかよ!まさかマジでOKするとは!」
「正樹…あんたね…」
殴ってやろうかな。
何笑ってるのよ。他人事だと思って。
「あの三珠クンの嬉しそうな顔!写メ撮っとけば良かった〜!」
海咲まで。
「見世物じゃないわよ。元はと言えば、あんたのせいなんだからね!」
私は、海咲を小突きながら言った。
激辛ポテトの報いがこれとは、ちょっと仕返しが過ぎるんじゃないの?
「まさか、三珠クンがOKするとは…。絶対断ると思ってたのに」
「ね。本当身の程知らずって言うか…。…こうなるなら、あんな罰ゲームしなきゃ良かった」
隆成と真菜がそう言った。
二人共、てっきり三珠クンは断るもの、とたかを括っていたのだ。
私だって、そう思いたかったよ。
今更後悔しても、もう遅いわよ。
「どうしてくれるのよ。私の三ヶ月…」
「今からでも、やっぱりごめんって断る?」
と、真菜は言った。
出来るものなら、私だってそうしたいよ。
でも、本当今更だよね。
「いやー、こっちからコクった手前、次の日にやっぱりごめん、はさすがにないだろ」
半笑いの正樹である。
「諦めて、三ヶ月付き合ってやれば良いじゃん。思い出作りだよ、思い出作り」
あんた、もう本当に殴るわよ。
あんたも、久露花さんと三ヶ月付き合ってきなさい。
そうしたら私の気持ちが分かるわ。
「それにしても、三珠クンのあの顔!本当ウケるわ〜!」
「海咲…あんたね…」
「怒んないで、怒んないでって。三ヶ月の期限が終わったら、特大パフェ奢るから」
何それ。
パフェくらいで、私の機嫌が取れると思わないでよ。
でも、奢ってくれるって言うなら、思いっきり高いもの奢ってもらうから。
覚えておきなさいよ。
「デート報告宜しくね。頑張れ、三珠クンの彼女さん!」
こうして。
私は、友人を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られながら。
何が嬉しくて、結局三珠クンの彼女になってしまった。
…翌日。
私は、憂鬱な気分で目を覚ました。
「…うー…」
何回思い出しても、夢じゃない。
私は現在、あの三珠結月の彼女なのだ。
先週までの私だったら、絶対信じなかっただろうな。
来週の自分、三珠クンと付き合ってるんだよ、なんて。
今でも信じられない気分だもん。
だけど、これは紛れもない現実。
気持ち悪かろうと嫌だろうと、三ヶ月の間は、あの三珠クンの彼女をやらなきゃならないのだ。
…憂鬱だなぁ。
勿論、キスどころか、手を繋ぐくらいのスキンシップだって拒否するつもりではいるけど。
三珠クンが調子に乗って、ぐいぐい押してきたらどうしよう。
ああいうタイプは、何考えてるか分からないから怖いよ。
超草食系に見えて、自分の彼女には強く出るタイプだったりして…。
…もしそうだったら、三ヶ月の期限を待たずにお別れしよう。
本当の彼氏彼女じゃないんだから、これはノーカンノーカン。
自分にそう言い聞かせて。
淡々と、三ヶ月が過ぎるのを待とう。
とは、思ってみたものの。
…確か正樹の「スケジュール表」によれば。
週3で、一緒に帰らなきゃならないんだよね?
しかも、月に2回は週末デートもしなきゃならないって。
…正樹の奴、とんでもない条件をつけてくれちゃって。
一生恨んでやる。
学校に行ってみたら、三珠クンの方から話しかけてくるかなと思ったけど。
付き合うとは言ったものの、いきなりそこまで馴れ馴れしくするつもりはないようで。
三珠クンの方から、私に話しかけてくることはなかった。
正直、有り難かった。
やっぱり距離感って大事だよ。私の場合、特にね。
出来るだけ、距離は遠く保っていて欲しい。
でも、週3で一緒に下校しなければならない事実に変わりはない。
向こうから話しかけてこないなら、こっちから行かなきゃ。
仕方がないので、私は放課後、自分から三珠クンに声をかけた。
「ねぇ、三珠クン…」
「…はい」
…一応、仮にも彼女が声をかけてきたっていうのに。
反応うっすいなぁ…。
まぁ、飛びついてこられても困るけど。
「一緒に帰ろ」
「え…一緒に?」
「うん。それくらい良いでしょ?」
付き合って翌日なら、そんなものでしょ。
まずは、放課後デートって奴。
デートと言っても、一緒に帰るだけだけど。
「…それは…良いですけど…」
…けど、何?
何なの、その渋った返事。
一緒に帰る気もないって?
「途中までしか一緒に帰れないんですけど、それでも良いですか?」
途中まで?
何でかは知らないけど…まぁ良いか。
途中までだろうと、一緒に帰るという目的は果たしてるんだし。
丁度良い。
「良いよ、帰ろう」
「はい、分かりました」
私は三珠クンと一緒に、教室を出た。
皆、こっち見ないで。これただの罰ゲームだから。
事情を知らないクラスメイトに、私が本気で三珠クンと付き合ってると思われるのは嫌だった。
「本気じゃないから!」って声を大にして言いたいけど、それが三珠クンの耳に入ったら厄介なことになるし。
結局、何も言えないのが悔しかった。
三珠クンと一緒に下校中。
うぅ、何を話して良いのか分からない。
私と共通する話題なんてあるのかなぁ、三珠クン…。
でも、ずっと黙ってるのも気まずい。
コクったのは私なんだから、私の方から積極的に話しかけないと不自然だよね?
…あ、そうだ。
「ねぇ、EINL交換しようよ」
と、私は持ちかけた。
そうそう、それだよ。
やっぱり付き合い始めたんだから、連絡先くらい交換してないとね。
三ヶ月の付き合いとはいえ、デートすることになるなら、EINLでのやり取りは必須。
今のうちに交換しておけば、
「あ、済みません…。僕、EINLやってないんです」
「えぇっ」
と、私は思わず絶句してしまった。
…嘘でしょ?
今時、EINLやってない人なんていたの?
…いたよ。ここに。
「メールアドレスなら、持ってますから」
そう言って、三珠クンは鞄の中から、二つ折りの携帯電話を取り出した。
二つ折りの携帯電話なんて、何年ぶりに見ただろう。
私のおばあちゃんですら、シニア向けのスマートフォンを持っているというのに。
今時の高校生が、二つ折りの携帯電話って。
改めて、私はとんでもない人と付き合ってしまったんだと思った。
まさか、スマホを持ってない上に、EINLすらやってないとは。
メールでのやり取りなんて、通販サイトでしか使わないよ。
「そ、そうなんだ…。じゃあ、メルアド交換しよっか…」
私は何とか、笑顔を取り繕って言った。
メールの打ち方なんて、私覚えてたかな…。自信ないよ…。
一応、メルアドの交換はしたけど。
これで本当にやり取り出来るのか、早くも不安が募る。
じゃあ何?三珠クンって…。
「Twittersとかもやってないの?インステは?」
「あ、はい…やってないです」
嘘でしょ。
SNS全滅?今時の高校生が?
むしろ、何ならやってるの?
一体何世代前の高校生なの。遅れてるにも程があるでしょ。
そういう方針の家なのかなぁ?どっちにしても、普通の感覚じゃないよね…。
とりあえず、スマートフォンに三珠クンのメールアドレスを登録する。
えぇと…メルアドの交換なんて久々だから、やり方が…。
おたおたしていると、三珠クンが。
「…あの、星野さんって」
「え?」
…初めてじゃない?
三珠クンの方から話しかけてきたのって。
「下の名前…何て言うんでしたっけ」
あ、私のこと?
「唯華(ゆいか)だよ。星野唯華」
「あ、唯華さん…そうですか。…クラスメイトが下の名前を呼んでるの、聞いたことがなかったので…」
それは、確かにそうかも。
「大体皆、私のこと星ちゃんって呼ぶからね。中等部の頃からのあだ名なの」
皆呼びやすいって言ってくれるし。私もこのあだ名、嫌いじゃない。
かと言って…三珠クンに星ちゃん呼びされると思うと、ちょっと引くけど…。
でもまぁ…下の名前で気安く呼ばれるよりはマシか。
…それはともかく。
私も、三珠クンの名前登録しなきゃ。
上の名前は三珠…下の名前は確か結月君だっけ。
…結月君か…。
「ねぇ、私三珠クンのこと、結月君って呼んで良い?」
と、私はふとした思いつきを口にした。
「え…」
「名字で呼ぶより呼びやすいし。結月って良い名前じゃん」
これは、素直に本心だった。
顔は身なりはともかく、名前はそこそこ格好良いんだから。
下の名前で呼ぶ方が彼氏っぽい、って理由もあるけど。
「…」
三珠クン、改めて結月君は。
ポカンとして、私のことを見つめていた。
…え、何その反応。
嫌なの?駄目なの?
馴れ馴れしいとか思ってる?
私としては、男友達を下の名前で呼び捨てにするくらいのフランクさは、当たり前だと思ってるんだけど?
一昔前の恋愛漫画じゃないんだからさ。
「…なんか、駄目なの?」
「えっ…。いや…駄目じゃないです」
あ、そう。
じゃあ遠慮なく。
それから。
「結月君も、星ちゃんって呼んで良いよ」
と、私は言っておいた。
本当は、彼氏でもない、男友達でもない結月君に。
馴れ馴れしくあだ名で呼ばれるのは…ちょっとモヤッとするけどさ。
だからって、下の名前で唯華、なんて呼ばれたら多分背中がゾワッとするから。
だったら、あだ名で呼ばれた方がマシ。
「え…。と、じゃあ…星ちゃん…さん」
「…何でさん付け…?」
「…」
…馴れ馴れしくないのは、有り難いけど。
だからって、いくらなんでも距離遠過ぎない?
おまけに。
「…」
「…」
「…」
「…」
…折角、お互いの呼び名が決まったのに。
この沈黙の辛さ。
早くも共通の話題に困ってる。
何なら話が合うんだろう…。
私がハマってることとか、知ってることとか、ことごとく結月君には縁がないような…。
どんな話題なら食いついてくるんだろう。
あ、そうだ。
結月君って、いかにも陰キャなオタって感じだし。
ネットゲームとかするのかな。
私よく知らないんだけど。ネットゲーム。
でも、この話題を振っちゃって良いのかなぁ?
よくあるじゃん、オタク系の人って。
自分の守備範囲の話題が来たら、もう水を得た魚みたいに怒涛の如く喋り出す、みたいな。
どうしよう。萌え系の女の子のフィギュアとか集めて、にやにや鑑賞してるタイプの人だったら。
有り得る。結月君だったら有り得る…。
…うぇ。
私、そういう人って、生理的に無理なんだけど…。
でも、よく考えてみたら。
裏を返せば、これってチャンスかも。
このまま話題のないまま、沈黙が続くよりは。
ひたすら、一人で結月君に語らせておいた方が良いのでは?
私はほら、介護施設の職員みたいなつもりになって。
結月君の長々とした一人語りを、適当にうんうん相槌打ちながら、聞いている振りをする。
そうすれば、少なくとも沈黙の気まずさに耐える必要はなくなる。
我ながら、ナイスアイディア。
よし、早速これを実行に移してみよう。
「…結月君って、趣味は何なの?私はよく知らないんだけど…ネットゲームとか?」
どうだ。
オタクの人だったら、それはもう目を輝かせて。
水を得た魚のように、ペラペラと喋り始め、
「…ネットゲーム?」
…なんてことはなかった。
むしろ、結月君まで首を傾げていた。
私も知らないし、結月君も知らなかった。
あれぇ…?私、話題提供間違えた?
結月君みたいなタイプは、深夜にネットゲームに夢中になってるんじゃないの?
もしかして、私のただの偏見でしかなかった?