「心の準備は良い?星ちゃん」

「しくじるなよ?頑張れよ〜」

海咲と正樹が、笑いながら私に言った。 

カラオケバトルをした、翌日の放課後。

私は、運命の瞬間を迎えようとしていた。

三珠クンに告白なんて、あまりに嫌過ぎて、今日一日授業が頭に入ってこなかったよ。

「くれぐれも、罰ゲームだってバレないように。今だけは心から三珠クンを好きになれよ?」

「気持ち悪い冗談やめてよ、正樹…」

自分に出来ないことを、他人に強要しないでよね。

罰ゲームだってバレないように、って言うけど。

顔に出ちゃいそう…。

マスクでもつけてくれば良かった。

「俺達、物陰から見てるからさ」

「はいはい、高みの見物ね。最っ低」

「罰ゲームだからな」

と、正樹は勝ち誇ったように言った。

悪趣味。

「まぁ、大丈夫だって。三珠クンだって身の程を弁えて断るよ。『ごめんなさい…』とか言って」

隆成が、下手くそな物真似をしながら言った。

全然似てないし、なんかムカつく。

でも、そう言ってもらわないと困る。

どうするのよ。「ありがとう、俺も好きです」とか言い出したら。

うぅ。怖過ぎる。

考えないようにしよ。

「ほら、愛しの彼氏が帰っちゃうよ。早く呼び止めてきなよ」

真菜が茶化しながら、三珠クンを指差した。

誰が愛しの彼氏よ。

三珠クンはいつも、放課後のチャイムが鳴るなり、鞄を掴んで教室を出る。

友達のいない彼が、教室に残ってお喋りをすることはない。

聞けば、どの部活にも入っていないらしい。

何でかは知らないけど。

部活の一つもやらないから、陰キャだって言われるんだよ。

そして私はこれから、その陰キャに告白しようとしているのだ。

我ながら、正気とは思えない。

でもしょうがない。これは罰ゲームなんだから。

うぅ、海咲があんな悪ふざけをしなければ…。

もし三珠クンと付き合うようなことになったら、一生恨んでやるからね。

私の青春の三ヶ月を返せ!って。

「じゃあ、行ってくるよ」

「頑張れ〜!応援してる」

何が応援よ。余計なお世話だわ。

私は、正樹達に見送られながら。

教室を出ようとしていた三珠クンに、声をかけた。

「三珠クン、ちょっと良い?」
私が呼びかけると、彼は一瞬、時が止まったように立ち止まり。

おずおずと、こちらを向いた。

三珠クンの顔を真正面から見てしまって、私は思わず「うぇ」と言いそうになった。

こんな顔してたんだ、この人。

よく見たら、顔は悪くないんだけど。

このもっさりした髪型と、ダサい眼鏡。

本気で私、こんな人にコクろうとしてるの?

最悪だよ。

でも、言わなきゃならない。

「ちょっと良い?話があるんだけど」

「話…?僕に?」

「うん。ちょっと時間もらえる?場所変えよう」

私がそう提案すると、三珠クンはしばし無言で、私の顔をじっと見ていた。

…何見てんのよ。やめてよね。

「…良いですよ、別に」

と、三珠クンはポツリと言った。

ふぅ。とりあえず、呼び止めることには成功。

あとは、いざ勇気を出してコクるだけ。

私と三珠クンは、人気のない校舎裏に向かった。

何でこんなところで、と私は思ったけど。

正樹が面白がって、「告白の定番スポットと言えばここだろ」とか言うから。

何が定番スポットよ。他人事だと思って。

自分だって、あの電波な久露花さんにコクると思ってみなさいよ。

笑い事じゃないでしょ。

絶対、いつか同じ罰ゲームを受けさせてやるんだから。

今頃、後ろの方で私を尾行しながら、聞き耳立ててるんだと思うと。

あんた達、見世物じゃないんだから!と叫びたくなる。

まぁ、今の私は、実際見世物みたいなものなんだろうけど。

…さて、それはともかく。

場所を移動した私達は。

「…話って何ですか?」

三珠クンが、私を促した。

あぁ、はいはい。そうだったね。

ここからが本番だ。

私は心の中で、用意しておいた台詞をもう一度繰り返した。

これを今から、この眼の前の男に、口に出して言うのかと思うと。

正直、気持ち悪くて目眩がしそうだった。

でも、言わなきゃ。

声うわずっちゃいそう。別の意味で緊張して。

「えっと…あのね…」

なかなか切り出しにくくて、私はちょっと言葉を濁した。

三珠クンは無言で、私をじっと見つめている。

…何見てんのよ…。

私がさっさと言わないのが悪いんだけど。

意を決して、私はその言葉を口にした。

「私、三珠クンが好きなんだ。私と付き合ってくれない?」

その言葉が、自分の口から出ているなんて信じられなかった。

それくらい、有り得ないことだった。
…言っちゃった。

言っちゃったよ。

正気か、私。

男の子に告白するなんて、人生で初めてだったのに。

その初めての機会を、こんなダサ男君に使うなんて、私は正気か。

まぁ、でもこれは罰ゲームで、本気じゃないからノーカンか。

それより、三珠クンの反応。

さすがに三珠クンも驚いているようだった。

目を見開いて、びっくりしたような顔でこちらを見ていた。

そりゃあ驚くでしょうよ。

言っておくけど、私の方がずっと驚いてるからね。

罰ゲームとはいえ、まさか君に告白する日が来るなんて。

あぁ。あんなカラオケバトル、やんなきゃ良かった。

後の祭りだよ、全く。

しかし、私はやるべきことはやったのだ。

あとは、三珠クンの返事次第…。

「…」

三珠クンは、無言で私を見つめていた。

何を考えているのか、顔を見ただけじゃ分からない。

…ちょっと、何なのこの沈黙。

何考えてるの、この人。

何とか言ってよ。

まさか、告白を受けようなんて考えてないわよね?

そこはちゃんと身の程を弁えてよ。

隆成は大丈夫だって言ったけど、三珠クンがもし、その気になるようなことがあったら…。

うぅ、考えたくない…。

「…あの、何とか言ってよ」

沈黙に耐えられなくなった私は、こちらから返事を促した。

生殺しみたいじゃない。

OKなのかNOなのか、はっきりしてよ。

いや、OKなんて言われたら、私は卒倒するんだけど。

「…本当に、そう思ってるんですか?」

私が促すと、三珠クンは私にそう尋ねた。

ぎくっ。

やっぱり疑ってる?

一応、自分と私が釣り合わないことは自覚してるんだ。

いや、実は冗談だよ、と言えたらどんなに良かったか。

でも私は、これが罰ゲームであると気づかれないように振る舞わなければならないのだ。

「当たり前じゃない。本気で言ってるのよ」

私は、必死に作り笑いを浮かべて言った。

早く。早く終われ。

心臓バックバクで、もう死にそうだよ。
あー、もう、何とかして。

早く断ってよ。

しかし、三珠クンは。

「…僕の、何が良いんですか?」

なんて聞いてきた。

自分が女の子にモテるはずがない、という自覚はあるらしい。

けど、今だけは、そんな質問をされたくなかった。

何が良いのかなんて、私にも分かる訳ないじゃん!

これは罰ゲームなんだから。

でも、何とか切り抜けなければならない。

うーん、うーん。三珠クンに褒める要素…好きになるようなところ…。

…そんなのある?

重箱の隅をつついても、何も出てこないよ。

何か言わなきゃ。黙ってたら不自然に思われちゃう。

「それは…えぇっと…」

いや、もうこの時点でめちゃくちゃ不自然だよ。

仕方ないじゃない。三珠クンを好きになる要素なんて、咄嗟に思い浮かばないよ。

短所なら、いくらでも出てくるんだけどね。

「上手く言えないけど…。大人っぽくて…そう、クールなところ」

私は何とか言葉を捻り出した。

何でも、物は言い様なんだなって。

どんな短所でも、裏を返せば長所になり得る、って。あれ本当なんだね。

地味で根暗なのを、クールと言い換えるとは。

そう聞くと、何だか魅力的に聞こえてくるから不思議だ。

いや、全然魅力なんて感じてないけど。

「ほら、同級生の男子は皆、子供っぽいじゃない?だから、ひときわ三珠クンが大人っぽく見えて、何だか頼り甲斐があるなって」

私は、つらつらと嘘を並べ立てた。

この人が頼り甲斐があるなんて、私、我ながら何言ってるの。

三珠クンに比べたら、小学生の方がまだ頼り甲斐があるよ。

きっとこれを聞いてる正樹達、今頃大笑いしてるだろうなぁ。

私だって必死なんだよ。

「…」

三珠クンは、また黙り込んで私を見つめていた。

あー、もう。早く、早く答えを言ってよ。

まだ疑ってるの?

「…駄目、かな?やっぱり…」

私は、またしても自分から返事を促した。

少しでも、否定してもらえる方向に持っていこう。

誘導だ、誘導。

「…そ、そうだよね。三珠クン、私のことよく知らないもんね。知りもしない人に、いきなり告白されても困るよね」

畳み掛けるように、私はそう言った。

「そうだね、悪いけど…」と言ってもらえることを期待して。

「ごめん、忘れて良いから。どうしても言いたかっただけで、無理に、」

「…いえ、無理じゃないですよ」

…え?
…う、

嘘でしょ?

「そんな風に思ってもらえて嬉しいです」

三珠クンは、心なしか嬉しそうに言った。

え、ま…。

…マジで?

「確かに俺、星野(ほしの)さんのことはほとんど…よく、知らないですけど」

だよね。

三珠クンと話をした機会なんて、私には覚えがない。

もしかしたら、今日がほぼ初対面の可能性もある。

これまで話した機会なんて、あったとしても、多分片手で数えるほどしかない。

そんな相手に告白されて、まさか本気だとおもっ、

「でも、これから知っていけば良いですよね」

何、その前向き思考。

まさか、三珠クン、本気で…。

…。

冗談…冗談、だよね?

「い、良いの…?付き合って…私と付き合うの?」

私は、うわずった声で尋ねた。

演技も忘れて、今だけは本気だった。

「はい、勿論良いですよ」

三珠クンは、嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。

目眩を起こした私は、その場に倒れてしまうかと思った。
まさか、本気で。

本当に、三珠クンがOKするなんて。

身の程を弁えてるかと思ったら、全然そんなことはなかった。

モテない君の執念を見くびってた。

本物のモテない君は、コクられたら、それが例えよく知らない相手だろうと、ノータイムでOKしちゃうんだ。

ここまでボッチが極まってるとは。

君、それで本当に満足なの?

…満足なんだろうなぁ…。女の子と付き合えるなら、相手が誰でも構わないんだろう。

うぅ…。やっぱりこんな罰ゲーム、引き受けなきゃ良かった…。

でも、嬉しそうな三珠クンを前に、今更撤回することは出来なかった。

私が馬鹿だったよ。

これから三ヶ月、高い授業料を払わされるってことで。

いつか絶対、正樹達にも同じ罰ゲーム受けさせてやるから。

覚えてなさいよ。

「これから宜しくお願いします、星野さん」

「う、うん…。宜しくね、三珠クン…」

さすがに私はこのとき、めちゃくちゃ目が泳いでいたと思うけど。

喜びでいっぱいの三珠クンは、そんなことにも気づいていなかった。
…ようやく、告白タイムが終わり。

三珠クンが帰るのを見届けてから、こっそり除き見していた正樹や真菜達が、こちらに駆け寄ってきた。

…ゲラゲラ笑いながら。

「マジかよ、マジかよ!まさかマジでOKするとは!」

「正樹…あんたね…」

殴ってやろうかな。

何笑ってるのよ。他人事だと思って。

「あの三珠クンの嬉しそうな顔!写メ撮っとけば良かった〜!」

海咲まで。

「見世物じゃないわよ。元はと言えば、あんたのせいなんだからね!」

私は、海咲を小突きながら言った。

激辛ポテトの報いがこれとは、ちょっと仕返しが過ぎるんじゃないの?

「まさか、三珠クンがOKするとは…。絶対断ると思ってたのに」

「ね。本当身の程知らずって言うか…。…こうなるなら、あんな罰ゲームしなきゃ良かった」

隆成と真菜がそう言った。

二人共、てっきり三珠クンは断るもの、とたかを括っていたのだ。

私だって、そう思いたかったよ。

今更後悔しても、もう遅いわよ。

「どうしてくれるのよ。私の三ヶ月…」

「今からでも、やっぱりごめんって断る?」

と、真菜は言った。

出来るものなら、私だってそうしたいよ。

でも、本当今更だよね。

「いやー、こっちからコクった手前、次の日にやっぱりごめん、はさすがにないだろ」

半笑いの正樹である。

「諦めて、三ヶ月付き合ってやれば良いじゃん。思い出作りだよ、思い出作り」

あんた、もう本当に殴るわよ。

あんたも、久露花さんと三ヶ月付き合ってきなさい。

そうしたら私の気持ちが分かるわ。

「それにしても、三珠クンのあの顔!本当ウケるわ〜!」

「海咲…あんたね…」

「怒んないで、怒んないでって。三ヶ月の期限が終わったら、特大パフェ奢るから」

何それ。

パフェくらいで、私の機嫌が取れると思わないでよ。

でも、奢ってくれるって言うなら、思いっきり高いもの奢ってもらうから。

覚えておきなさいよ。

「デート報告宜しくね。頑張れ、三珠クンの彼女さん!」

こうして。

私は、友人を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られながら。

何が嬉しくて、結局三珠クンの彼女になってしまった。
…翌日。

私は、憂鬱な気分で目を覚ました。

「…うー…」

何回思い出しても、夢じゃない。

私は現在、あの三珠結月の彼女なのだ。

先週までの私だったら、絶対信じなかっただろうな。

来週の自分、三珠クンと付き合ってるんだよ、なんて。

今でも信じられない気分だもん。

だけど、これは紛れもない現実。

気持ち悪かろうと嫌だろうと、三ヶ月の間は、あの三珠クンの彼女をやらなきゃならないのだ。

…憂鬱だなぁ。

勿論、キスどころか、手を繋ぐくらいのスキンシップだって拒否するつもりではいるけど。

三珠クンが調子に乗って、ぐいぐい押してきたらどうしよう。

ああいうタイプは、何考えてるか分からないから怖いよ。

超草食系に見えて、自分の彼女には強く出るタイプだったりして…。

…もしそうだったら、三ヶ月の期限を待たずにお別れしよう。

本当の彼氏彼女じゃないんだから、これはノーカンノーカン。

自分にそう言い聞かせて。

淡々と、三ヶ月が過ぎるのを待とう。
とは、思ってみたものの。

…確か正樹の「スケジュール表」によれば。

週3で、一緒に帰らなきゃならないんだよね?

しかも、月に2回は週末デートもしなきゃならないって。

…正樹の奴、とんでもない条件をつけてくれちゃって。

一生恨んでやる。

学校に行ってみたら、三珠クンの方から話しかけてくるかなと思ったけど。

付き合うとは言ったものの、いきなりそこまで馴れ馴れしくするつもりはないようで。

三珠クンの方から、私に話しかけてくることはなかった。

正直、有り難かった。

やっぱり距離感って大事だよ。私の場合、特にね。

出来るだけ、距離は遠く保っていて欲しい。

でも、週3で一緒に下校しなければならない事実に変わりはない。

向こうから話しかけてこないなら、こっちから行かなきゃ。

仕方がないので、私は放課後、自分から三珠クンに声をかけた。

「ねぇ、三珠クン…」

「…はい」

…一応、仮にも彼女が声をかけてきたっていうのに。

反応うっすいなぁ…。

まぁ、飛びついてこられても困るけど。

「一緒に帰ろ」

「え…一緒に?」

「うん。それくらい良いでしょ?」

付き合って翌日なら、そんなものでしょ。

まずは、放課後デートって奴。

デートと言っても、一緒に帰るだけだけど。

「…それは…良いですけど…」

…けど、何?

何なの、その渋った返事。

一緒に帰る気もないって?

「途中までしか一緒に帰れないんですけど、それでも良いですか?」

途中まで?

何でかは知らないけど…まぁ良いか。

途中までだろうと、一緒に帰るという目的は果たしてるんだし。

丁度良い。

「良いよ、帰ろう」

「はい、分かりました」

私は三珠クンと一緒に、教室を出た。

皆、こっち見ないで。これただの罰ゲームだから。

事情を知らないクラスメイトに、私が本気で三珠クンと付き合ってると思われるのは嫌だった。

「本気じゃないから!」って声を大にして言いたいけど、それが三珠クンの耳に入ったら厄介なことになるし。

結局、何も言えないのが悔しかった。