茶漬けで朝食を済ませ、さあどうしたものかと、葉月のと二人分の食器を洗いながら考える。

 「縁結びにでもいくか?」と背後から声がした。葉月のにやけ面が目に浮かぶ。

 「愛しの弟を、ああどうか、麗しき天女さまの元へお導きくださりませって?」

 「ほざけ」と葉月は吐き捨てるように笑った。

 「なんだって俺があの魔女に固着するんだ?」

 俺はそっと葉月を振り返った。腰を流し台の淵に寄りかける。

 「確かに、空は誰かが塗って青かったよ」と葉月はいった。

 俺はちょっと深く、葉月の言動に集中してみる。
 葉月は確かに、はなを好きであることを認めた。

 「でも、今は違う。散乱って言葉を知った」

 なにか理由があって、はなへの関心を失ったわけだ。

 「どこで知ったんだい?」

 「おまえが教えてくれた」

 「ばかな」といいながら噴きだした。

 「そんなはずない」

 「いいや、俺は確かに、水月に教わった。おまえに会って、魔女はかわいくなった」そこまでいって、葉月はため息をついた。「これ以上に、おまえはなにを求める?」と苦々しく笑う。

 俺は沈黙を軽いものにしようと、「縁結びってのは?」とちょっと話題を変えた。ほかになにをいうべきかわからなかった。

 「近くに神社なんてないけど」

 「恩愛橋を越えればいい」

 恩愛……。

 「あいつもまた、水月に会いたがってる」

 「はな(、、)が?」

 思わず飛びだした声に、葉月は「ああ」とやわらかくうなずき、「時本(、、)が」とつづけた。

 スニーカーを履く葉月の横で、俺は下駄を履いた。

 庭をでたところで、葉月が肩に腕を回してきた。それに気がついたときには、俺は葉月と向かい合い、肩や背に腕を巻かれていた。

 「どうした?」と、いつかにやったように、母の優しい口調をまねる。本当なら数センチメートル身長の高い葉月が、年の離れた幼い弟に感じられた。

 「ごめん……水月……ごめん……」

 葉月のいいたいことがわかった気がした。そして、俺の言葉が、少しだけ力を取り戻したような気もした。

 弟の背をとんとんと、ゆっくり叩く。

 「俺が、間違えた」と彼は声を震わせた。

 「葉月は間違えてないよ」

 俺は胸の奥に燃えるものを感じて、密かに苦笑する。

 「知ってるだろう? 俺は粘着質な男だ。諦めはしないよ」

 不思議なものだ。はなの絵が見たいだけだったのに、はなに惹かれているものがあるだけだったのに、それが激しい炎の種になっている。

 指先に、手の中に、心地よく当たる柄が恋しい。
 独特なにおいと、鮮やかに染まった水が恋しい。
 乾いた喉が水を求めるように、指先が筆を欲す。

 ああ、どうしようもなく——今、絵を描きたい。

 「描きたくてならないんだ、今」

 「でも……」と微かな声がいう。

 「なに、いつまでもこんな状態なわけないでしょう。おまえを巻きこんだ傷心旅行はじきに終わるよ、葉月」

 俺は繊細な弟の髪を指に絡めた。

 「おまえはなにも間違ってない」

 そっと息を吸いこみ、ありたけの思いをのせて吐きだす。

 「大丈夫だよ」